6日、ボクシングのクアドラプル世界戦が東京ドームで行われた。WBC&WBA&WBO&IBF世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(大橋)がWBC同級1位のルイス・ネリ(メキシコ)を6ラウンド1分22秒TKOで下した。WBO世界バンタム級タイトルマッチは同級5位の武居由樹(大橋)が王者ジェイソン・モロニー(オーストラリア)を判定で破り、王座を奪取した。WBA世界バンタム級王者の井上拓真(大橋)、WBA世界フライ級王者のユーリ阿久井政悟(倉敷守安)が揃って判定勝ち。井上は2度目、ユーリ阿久井は初の防衛成功となった。

 

(写真:東京ドームに集まった4万3000人の観衆の期待に応えた井上尚弥)

 観衆4万3000人のビッグイベントで大トリを務めたのは、“モンスター”井上尚弥だ。日本と因縁浅からぬメキシコの“悪童”退治が今回のミッションだ。

 

 東京ドームでのボクシング世界戦は、あのマイク・タイソンvs.ジェームス・ダグラスのヘビー級タイトルマッチまで遡る。34年前のメインカードはタイソンがダグラスにKO負けするというアップセットが起きた。

 

(写真:TEAM INOUEで花道を歩く。「皆さんの声が僕のパワーになった」と井上尚弥)

 ギタリスト布袋寅泰が「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」を響かせながら、令和のヒーローが4本のベルトを掲げた陣営を引き連れ入場した。主役の登場に観客は割れんばかりの大歓声と拍手で迎えた。井上尚弥は花道に姿を表すと、噛み締めるようにあたりを見渡した。

 

 リングアナが井上尚弥の名前をコールすると大歓声と拍手、一方のネリの際にはブーイングに包まれた。これほど悪役に回ったボクサーもいまい。2017年8月の山中慎介とのWBC世界バンタム級タイトルマッチ後に薬物検査で陽性反応。18年3月の再戦では大幅な体重超過した“前科”があるからだ。いずれも勝利したものの、後味の悪さを残し、日本ボクシングコミッション(JBC)からは国内のライセンス無期限停止処分(今年2月に解除)を科された。

 

 ゴングが鳴ると、ネリが拳を差し出すと、井上尚弥がそれに合わせた。このまま互いに様子を見ながら、穏やかな立ち上がり、とはいかなかった。

 

(写真:プロキャリア初のダウン。井上尚弥の闘争心に「燃え上がるところもあった」と火をつけた)

 ネリは左のフックをぶん回す。井上尚弥が巧みなディフェンステクニックでそれをかわし、会場からオーッとい感嘆の声が漏れたが、ネリが引き起こした嵐に“モンスター”は飲み込まれた。カウンター気味の左フックを被弾し、ダウンを喫したのだ。

 

 井上尚弥の初のダウンーーまさかの展開に場内は騒然となった。「ダメージはさほどなかったが、パンチの軌道が読めなかった」。それでもここで泡を食わない、あるいはそう見せないのが“モンスター”の“モンスター”たる所以か。ラウンド終了直前にはロープ際に詰められながらも反撃して場内を沸かせてみせた。

 

(写真:リング上で笑みを見せたり、相手を挑発するなどリング上の駆け引きを披露した)

 第2ラウンドのゴングが鳴ると、リング上で両拳を叩く井上尚弥。場内はヒーローを鼓舞しようと、「尚弥」コールが巻き起こる。井上尚弥は「2ラウンド目からはポイントを計算していた」と冷静だった。相手の大振りの左フックをかわすと、左のショートフックで的確に合わせる。キャンバスに沈むネリ。「ひとつチャラにできた」とダウンを奪い返した。

 

 第4ラウンドには、自らのアゴを差し、挑発する。そこからノールックで右ストレートを打つなどトリッキーな動きでも観客を魅了した。本人は「(ネリのパンチを)見切った部分もあるし、主導権を握っていく気持ちで上回るための駆け引き」と説明した。続く第5ラウンドで左のショートフックで2度目のダウンを奪い、完全に主導権を握った。

 

(写真:計3度のダウンをネリを仕留めた。試合後は「感謝の気持ちを伝えた」と握手した)

 物語の幕引きは第6ラウンド。連打で相手をグラつかせ、ロープ際に追い込んだ。右のアッパー気味のブローで顔を上げさせると、すぐさまコンパクトな右を顔面に叩き込んだ。崩れ落ちたネリは、ぐったりと座り込む。レフェリーは10カウントを待たずして試合を終わらせた。

 

 試合直後にはIBF&WBO世界同級1位サム・グッドマン(オーストラリア)がリングに上がった。井上尚弥は「9月頃、防衛戦していく交渉をしていきます」と早くも次戦について言及し、興奮冷めやらぬ観客を沸かせた。

 

(写真:井上拓真<緑のトランクス>はリーチの長い相手に苦戦しつつも、判定では圧勝)

 国内開催最多となる4つの世界戦。井上尚弥を含む3人が王座を守った。尚弥の弟・拓真は石田匠(井岡)と、ユーリ阿久井は桑原拓(大橋)との日本人対決を制した。

 

 2月の防衛戦以来、短いスパンでの試合となった井上拓真は左ジャブを食い、兄同様1ラウンドにダウンを喫したが、その後はジャブの差し合いでも優位に立つなど危なげなかった。右のショートアッパーで相手の顔を何度も跳ね上げた。井上拓真はダウンこそ取れなかったものの、判定は3-0で2度目の防衛に成功した。

 

「唯一の収穫は競り勝てたこと。この内容では統一戦なんて言えない」と井上拓真。厳しい表情で振り返ったものの、19年11月以来となる兄・尚弥との同時防衛戦で、今回はメインを務める兄に勝ってバトンを渡した。

 

(写真:プレスをかけて相手を圧倒したユーリ阿久井<中央左>。冷静な戦いぶりが光った)

 今年1月にWBA世界フライ級王座を獲得したユーリ阿久井は、2年10カ月前に日本王座を争った桑原と対戦。持ち前のスピードを生かし、足を使ってきた挑戦者に対し、地に足ついたような冷静沈着な戦いぶりを見せた。

 

「スピードがあり、効いたパンチもあったのでまずは相手に慣れようと思った」。2ラウンド以降はじわりじわりとプレスをかけ、相手を追い詰める。ほぼ相手を完封した。ジャッジ3者のうち2者は117-111、1者が118-110を付けた。

 

「日本チャンピオンの時から初防衛を難しいと思ったことながい」とユーリ阿久井。東京ドーム開催という大きな舞台でも「場所は関係ないと思っていた」と平常心だった。今後については「今年中にもう1試合」と話した。守安竜也会長も「勝てて良かった。夢は広がった」と愛弟子の勝利を喜んだ。

 

(写真:キックボクシングから転向後、9戦目にして世界王者に輝いた武居<白のトランクス>)

 唯一、王座が動いたのはセミファイナルに行われたWBO世界バンタム級タイトルマッチ。K-1世界スーパーバンタム級元王者の武居が、J・モロニーを破り、日本人100人目の世界王者となった。

 

 左ボディがローブロー気味に入り、レフェリーから減点を受けたが、序盤の4ラウンドはジャッジ3者がフルマークで武居を支持した(ローブローによる減点のあった2ラウンドは9-9に)。「相手に合わせるのに時間がかかった。武井選手の強さを称賛したい」とは対戦相手のJ・モロニー。流れを掴んだのは武居の方だった。

 

 中盤以降はJ・モロニーもギアを上げてきた。8ラウンドに武居はグラつかせられた場面もあったものの、2者77-74、1者78-73とリードして終盤を迎えた。プロ初の12ラウンド目、J・モロニーに連打され、足が止まった。フラフラになりながらもリングに立ち続けた。試合後、武居は「頭は冷静で、“八重樫さんみたいいだな”思っていました」と武居。現役時代は“激闘王”と呼ばれた八重樫東トレーナーの名前を出し、会見場を沸かせたが、ヒヤリとするシーンだった。

 

 リングアナが武居の名を呼び上げると、新チャンピオンは汗と涙の混じった頬を拭った。この日(5月6日)は「オヤジ」と慕うパワーオブドリームの古川誠一会長の誕生日。「お誕生日おめでとうございます。育ててくれてありがとうございました!」とリング上で“孝行息子”は感謝の言葉を捧げた。

 

(写真:ダウン、KOこそ奪えなかったものの、ジャッジ3人とも武居を支持した)

 パーフェクトレコード(全試合KO勝ち)こそ途絶えたものの、キックボクサーから転向し、プロ9戦目での戴冠だ。

「ジムにも『ボクシングの世界チャンピオンになりたい』という子も増えている。そういう道を切り拓けて良かった」

 

 バンタム級は4日に西田凌佑(六島)がIBF王座を獲得したため、4団体に4人の日本人王者が就いた。WBO王者の中谷潤人(M.T)も会場に訪れていた。日本人同士による統一戦の機運もさらに高まっていくだろう。

 

(文/杉浦泰介、写真/大木雄貴)