24日、ジャパンラグビートップリーグの東芝ブレイブルーパスに所属するリーチ・マイケルが都内の東芝事業所で共同取材に応じた。集まった30社の報道陣の前で来年1月にスタートするトップリーグへの意気込みを語った。

 

 ジャパンをW杯史上初のベスト8に導いたキャプテンだ。大会後は母国ニュージーランドに帰り、英気を養った。今月11日は東京・丸の内仲通りでのパレードに参加。約5万人のファンが出迎えられた。

「最初聞いた時は人が来ないんじゃないかと心配だった。たくさんの人が来てくれて感動した」

 

 チームスローガンの「ONE TEAM」が流行語大賞に選ばれるなど、ラグビー熱は冷めやらぬ状況だ。3勝を挙げた2015年W杯イングランド大会後との違いは、リーチによれば「日本開催。視聴率も高くファンも増えた」ことだ。その反響は大きく、リーチ自身、まちで人に気付かれることも増えたという。

 

 メディアからのリクエストで今年1年を漢字一文字で表した。色紙に記した「伝」の理由をこう説明する。

「皆さんに感動や夢を与えられたと思います。ラグビーを通し、いろいろなメッセージを伝えることができた」

 チームがひとつになることで目標のベスト8を達成してみせた。その中でひとりひとりが持ち味を発揮し、役割を全うした。その意味で多様性を象徴するチームと言えよう。

 

 19年は「てっぺんだった」とキャリア最高のシーズンだったという。

「W杯が終わって代表のジャージーなどは東芝の仲間や大事な人たちにあげたので、自分はゼロに戻してスタートしたい」

 気持ちは新シーズンへと切り替えている。

 

 4年後のW杯フランス大会は35歳で迎える。年齢との戦い、ポジションを争いも待っている。

「正直どうなるかわからない。1年1年を大事にしていきたい。いい選手が出てきているので、トップリーグで活躍して日本代表に選ばれる資格を得たい。レベルの高い選手の中でそれを勝ち取るのが楽しみ」

 

 まずは東芝での活躍が必須だ。チームはリーグ優勝から10年以上離れている。「東芝のジャージーに星をひとつ増やしたい」。リーチも目指すは当然優勝だ。「熱い試合をしたい」と、ジャパンを牽引した闘将は静かに燃えている。

 

リーチ・マイケルプロフィール>
1988年10月7日、ニュージーランド・クライストチャーチ生まれ。15歳で札幌山の手高校に留学生として来日。同校では花園にも出場した。東海大学では主力として3年時に全国大学選手権準優勝、4年時にはベスト4を経験した。11年東芝に入社。1年目から活躍し、新人賞とベストフィフティーンを獲得。13年7月に日本国籍を取得した。日本代表は東海大在学中の08年11月にテストマッチ(アメリカ戦)で初キャップを獲得。W杯は11年ニュージーランド大会から3大会連続出場を果たした。15年イングランド大会はキャプテンとして過去最高3勝(当時)を挙げるチームを牽引。19年の日本大会では5試合に出場。イングランド大会を上回る4勝を挙げ、史上初のベスト8入りに貢献した。通算68キャップ。身長190cm、体重105kg。

 

(文・写真/杉浦泰介)