第217回「なぜ他人のために走るのか」
「なぜ表彰は個人なのに、チームで戦うんですか?」
サイクルロードレース実況中継の仕事をしていた時によく聞かれた質問だ。
ロードレースの歴史に残るのは個人、チーム名ではなく個人名だ。でも、戦いはチーム単位。チームが一丸となり一人の選手が勝てるように組み立てる。その戦略が複雑で面白いのがロードレースの魅力であるとは思う。だが、他のスポーツにはないメンタリティと戦略は理解しにくくもある。「犠牲=サクリファイス」という言葉で表現されることの多い、ロードレースのチームプレイを、刹那ではなく、前向きに明るく示してくれたドキュメントがオーストラリアからやってきた。
「ALL FOR ONE」(邦題:栄光のマイヨジョーヌ)というこのスポーツドキュメントは、オーストラリアに2012年に初めてできたプロロードレースチーム「グリーンエッジ」の足跡を追ったもの。長くチームに帯同し、チームのバックヤードから選手を追ったものになっている。
ロードレースはトレーニングもレースも過酷で長い時間戦う。それだけにメンタリティも大切になるのだが、支えるのは自身のモチベーション。ましてやその走りをチームメイトのために捧げるとしたら、何が必要なのか。もちろん報酬というプロならではの見返りもある。一般メディアでは注目も報道もしてもらえないが、アシスト選手としての評価もある。目の肥えたファンやメディアはそこをしっかり見ており、「彼は一流のアシストだ」などと称えられるものの、それは圧倒的に少数だ。
それでも、ほとんどの選手はアシストとしてレースをエースのために走る。そこには人間として、エースに対しての敬意や信頼がなければ心底捧げることは難しい。そんな少々複雑な、ややもすると陰湿になりそうな人間模様がロードレース界では垣間見られるが、それをいかに明るく運営するかを目指したチームの素顔が描かれている。
2013年ツール初日の事件
個人的には、2013年ツール・ド・フランスの初日が印象に残っている。初めてツールがコルシカ島に渡った日に、グリーンエッジのチームバスが、フィニッシュゲートに引っかかってしまった事件。実はこの時、私は現地で中継を担当しており、この光景を目の当たりにしていた。中継席からゲートに引っかかっているバスを見て、「もうすぐ選手がゴールしてくるのに大丈夫か?」と話していた記憶がある。その際に数分おきに「フィニッシュが3km手前の地点に変更」、「やはりこのまま」などと情報が次々に入ってきて、直前まで我々中継する側の人間も成り行きがつかめず、混乱した。
ある意味現場の大変さと、面白さを味わったものだが、その模様がチームの側からしっかりと記録されている。トラブル時の様子はもちろん、その後のチーム内の様子などが細かく描写されていたのは興味深かった。外から見ると凄いチームでも、自転車を降りてヘルメットをとったら一人の人間。バスやホテルでの会話や雰囲気を知ると、人間臭くてチームに親近感を覚えてしまう。
プロチームは憧れる存在であることは当然だが、ファンになってもらうため、人間としての選手を知ってもらおうとしたチーム戦略に感心させられる。
ロードレース好きの方は、いつもの中継と逆側から見るレースやチームを興味深く観ることができるだろう。ロードレースをあまり見たことのない方にも、命を懸けて戦っている選手たちの人間臭さが伝わり、ロードレースというスポーツを身近に感じてもらえるのではないかと期待している。
約20年近く務めたロードレース中継から離れて数年たったが、これを見た後には、あそこにいることができたこと、その仕事をしていたことをあらためて誇りに思えた。そして、またロードレースをあらためて観戦したくなった。
今シーズンは久しぶりにじっくり見ようかなぁ~!?
◆映画情報
『ALL FOR ONE ~栄光のマイヨジョーヌ~』
2020年2月28日(金)より 新宿ピカデリー/なんばパークス(大阪)ほか全国順次公開
(c) 2017 Madman Production Company Pty Ltd
2017年/オーストラリア/英語、スペイン語/99分
監督・撮影:ダン・ジョーンズ
白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。