第691回 堀内恒夫と鬼寮長 「門限破り」の攻防
高校生史上最速の163キロを誇るドラフト1位ルーキー佐々木朗希(大船渡・岩手)が1月8日、さいたま市内のマリーンズ寮に入寮した。
――年末年始は?
との記者の質問に「毎日家にいて、練習していました」と詰襟の学生服姿で答えたという。
絵に描いたような優等生だ。
「もう“門限破り”なんて言葉は死語なんだろうね。昔は寮を抜け出すヤツばっかりだったんだけど……」
旧知の記者がボソッとつぶやいた。ヤンチャな選手はどこへ行ってしまったのか。
その昔、「鬼」と呼ばれた寮長がいた。巨人の合宿所「多摩川寮」の寮長・武宮敏明である。
武宮は熊本工高の出身で、V9巨人を指揮した川上哲治の2年後輩にあたる。それゆえ川上の信頼も厚かった。
武宮の自著『巨人軍底力の秘密』(ABC出版)によれば、昔は規則を破った選手の頭をバットで殴っていた。ところが、ムチ打ち症になる選手が続出したため竹刀に代えたというのである。
では武宮の竹刀による“愛のムチ”を最も受けた選手は誰か。それはV9巨人のエース堀内恒夫である。
当時、多摩川寮の門限は午後10時。それを過ぎれば、玄関にも非常口にもカギをかけていた。
深夜になっても、ひとり姿の見えない者がいた。ドラフト1位ルーキーの堀内である。
武宮が寮内を見回ると、風呂場に<人の気配>を察した。
あろうことか堀内は<背広のまま足から浴槽にとびこみ、片手に革靴を持って腰をかがめていた>というのである。
堀内によれば、3万5000円もした白いスーツは湯船に浸って台無しになり、後日、2000円で質屋に入れる羽目になったという。
<私は堀内を殴りに殴った。「わかるかァ、こらァ」
「お前が、これからのエースなんだぞ」
「何か言うことあったら、言い返してみい」(中略)
「この一撃は武宮の憎しみと思うなよ……これは巨人軍がお前をたのみたいからこそ、たたいているんだぞ」と>(同前)
今、こんなことをしたら、パワハラどころか暴力行為で即、追放である。場合によっては刑事事件に発展するかもしれない。
プロ野球選手に限らず、最近の若者は概しておとなしく、行儀がいい。<わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい>という70年代のCMが、妙に懐かしい今日この頃である。
<この原稿は2020年2月7日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>