(写真:会見時のやり合いがゆえに、前日計量時のフェイスオフは取りやめとか Photo By Ryan Hafey / Premier Boxing Champions)

2月22日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

 

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/34歳/42勝(41KO)1分)

vs.

タイソン・フューリー(イギリス/31歳/29勝(20KO)1分)

 

“Unfinished Business(やり残した仕事)”―――。そう銘打たれたビッグファイトの直前イベントが始まり、今週末に迫ったヘビー級戦が加熱している。

 

 19日に行われた最終会見では、これまでのプロモーション活動では比較的友好的だったワイルダー、フューリーが壇上で顔を突き合わせての舌戦を展開。両雄はどうも互いが嫌いではないようで、今回のやりとりも計算づくの感こそあるものの、この立ち回りで一般的な関心はさらに煽られるだろう。

 

 先月のコラムでも記した通り、今戦は“2002年のレノックス・ルイス(イギリス)対マイク・タイソン(アメリカ)戦以来最大のヘビー級タイトルマッチ”との呼び声が高い。約14カ月前の初戦は劇的な展開の末にドロー。米英対決の趣もあるだけに、試合当日は世界的な話題を呼びそうだ。

 

(写真:どれだけポイントでリードされても、一発で逆転するワイルダーの右強打は脅威 Photo By Ryan Hafey / Premier Boxing Champions)

 17日に発表されたリングマガジン電子版の試合予想では、記者、関係者、元選手を含む合計20人の投票でワイルダー勝利が12人、フューリー勝利が8人。近況の良いワイルダーが優位という声がやや多いものの、前評判は50/50に近い。このレベルのビッグファイトで五分五分の下馬評は珍しく、そんな予想の難しさも盛り上がりに拍車をかけている感がある。

 

 第1戦ではワイルダーがダウンを奪った9、12回以外、大半のラウンドでフューリーが綺麗にアウトボクシングしていた。今戦もその延長のような展開になる可能性が高いと見て、筆者の予想はフューリーの判定勝利。英国人がジャブとフットワークを駆使し、淡々とポイントを稼いでいくのではないか。

 

 もっとも、正直、これは外れて欲しい予想でもある。フューリーが明白に勝つとすれば、“盛り上がるのは開始ゴングが鳴るまで”という内容になりそう。歴史的な一発強打を持つワイルダーが見せ場を作る方が、試合はよりエキサイティングになる。

 

「俺に勝つには36分間のパーフェクト・ボクシングが必要。一方、俺は2秒間、パーフェクトな戦いをすれば勝てるんだ」

 そう豪語するワイルダーは、実際に12ラウンズのどこかで強打を打ち込むのだろうか。前回はフューリーが2度のダウン後に意外にあっさり立ち上がったが、今回もワイルダーのパンチの効果がポイントになるのかもしれない。

 

 改めて振り返っても、両雄がそれぞれの良さを発揮し、最終回にドラマが訪れ、互いに商品価値を上げたうえでドローに終わった第1戦はほとんど理想に近い展開、結果だった。その時とは比較にならない注目度で行われるリマッチも、同じように劇的になって欲しいもの。ボクシング界の看板であるヘビー級の魅力を誇示するような試合を、世界中のスポーツファンが楽しみに待っている。

 

 今後を占う一戦

 

(写真:フューリーと新トレーナー、”シュガーヒル”・スチュワードのケミストリーも見どころの1つ Photo By Ryan Hafey / Premier Boxing Champions)

 盛んに報道されてきた通り、今戦は地上波の雄であるFOXと、ケーブル局としては最大級の影響力を持つESPNのジョイントPPVで中継される。

 

 2社共同でのPPV興行は、HBOとShowtimeが手を組んで開催されたルイス対タイソン、フロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)戦以来3度目。メイウェザー対パッキャオの際には試合直前までHBO、Showtimeの間の不協和音が聞こえてきていたが、FOXとESPNはもともとライバル局(ESPNは地上波ABCの姉妹局)であるにも拘らず協力的で、重要な一戦を是が非でも成功させようという意気込みが感じられる。

 

 プロモーションの程度はアメリカ国外のファンには伝わりにくい部分だろうが、今回の宣伝活動は実際にかなりすごいものがある。NFLのプレーオフ、スーパーボウルを皮切りに、NBA、WWEなど、様々なスポーツ番組を利用しての大々的なプロモ活動を展開。ファイトウィークに入っても、関連番組が延々と放送されている。

 

 この流れを試合当日まで継続する方向だという。22日昼にはESPN、FOXがどちらも特別番組をラスベガスから生中継。夜にはABCがNBAのミルウォーキー・バックス対フィラデルフィア・76ers戦を中継し、そのゲーム中にワイルダー、フューリーの会場入りする姿も流されるのだとか。公平に見て、今戦のプロモーションはボクシングのタイトル戦としては近年最大だろう。

 

 そんな経緯を経て、PPV売り上げでどんな数字を叩き出すかに大きな注目が注がれる。一般的には購買数100万件を突破すれば大成功で、その可能性は十分にあるという楽観的な見方が非常に多い。大台突破となればサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)対ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)の2試合以来。そうなった場合には、多くのボクシング関係者は喜びの声をあげ、ESPN、FOXも味をしめるはずだ。

 

(写真:2人の戦いに、ヘビー級の、ボクシング界の未来が少なからず委ねられる Photo By Mikey Williams / Top Rank)

 今戦が興行的に成功すれば、前回のコラムでも伝えた通り、テレンス・クロフォード(アメリカ)対エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ)をはじめ、プロモーターの垣根を越えた他のビッグカードも現実味を帯びてくる。

 

 もっとも、最近のPPV数値予測は極めて難しい。昨年のワイルダー対ルイス・オルティス(キューバ)戦もFOXがかなり派手にプッシュしたが、結局はPPV売り上げ20万台という厳しい数字が一部の媒体で報道された。実はこの購買数も主催者側のリークが鵜呑みされたに過ぎず、本当は10万件にすら届かなかったという驚くべき話も聞こえてきている。

 

 最近のPPVの数字が伸びなくなった背景には、容易になる一方の違法ストリーミング視聴の影響があるのだろう。その気になれば、実際にネット上で無料の動画配信を見つけることは難しくない。この点の徹底した警備は不可能だけに、よりカジュアルな視聴者が多いであろう今戦の数字にも過剰すぎる期待は禁物かもしれない。

 

 ともあれ、第1戦よりプラットフォームが大きくなった再戦でPPV購買数が50万件程度(注・Showtimeが中継した第1戦のPPV売り上げは約32万5000件)に止まったとしたら、ボクシング界全体が被るダメージは計り知れない。その意味で、まさにターニングポイントの一戦。“ボクシングはヘビー級とともに動く”という言葉は今回に限っては大げさとは言い切れず、2月22日を前後して、業界中の視線が2人の王者の背中に注がれることになるのだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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