(写真:クリチコ、ワイルダーという2人の安定王者を倒し、フューリーは現役最強の評価を得るに至っている Photo By Mikey Williams/Top Rank)

2月22日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

 

挑戦者

○タイソン・フューリー(イギリス/31歳/30勝(21KO)1分)

7回TKO

王者

●デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/34歳/42勝(41KO)1敗1分)

 

 

 戦前から予想されていた通り、フューリー対ワイルダー再戦の盛り上がりは素晴らしかった。当日、ラスベガスはビッグイベントの空気で溢れかえり、リングサイドにはセレブリティがずらり。肝心のファイトもフューリーのワンサイドゲームではあったものの、ヘビー級らしい迫力のある内容になった。

 

 地上波FOX、ケーブル局の雄ESPNが総力を上げたプロモーションは成功だったのだろう。おかげで会場には1万5816人の大観衆が集まり、ゲート(入場料)収入だけで1691万6440ドルを記録。この数字は1999年のレノックス・ルイス(イギリス)対イベンダー・ホリフィールド(アメリカ)、1996~97年のホリフィールド対マイク・タイソン(アメリカ)第1、2戦を上回り、ネバダ州開催のヘビー級タイトル戦史上最高記録となった。

 

 こうして久々に盛り上がったタイトル戦後も、ヘビー級の隆盛はまだまだ続きそうな気配がある。フューリー対ワイルダー戦を前後して、同階級で大きな意味を持つ試合が次々と発表された。中でも重要なファイトは以下だ。

 

(写真:今週末に試合を行う20戦全勝15KOのポーランド人、アダム・コウナキも戦線に絡んできそうだ Photo By Stephanie Trapp/TGB Promotions)

3月7日 ブルックリン

WBA世界ヘビー級エリミネーションマッチ12回戦

アダム・コウナキ(ポーランド)vs.ロバート・ヘレニウス(フィンランド)

 

4月11日 ロンドン

欧州ヘビー級タイトルマッチ

ダニエル・ドゥボア(イギリス)vs.ジョー・ジョイス(イギリス)

 

5月2日 マンチェスター

WBC世界ヘビー級暫定王座決定戦

ディリアン・ホワイト(イギリス)vs.アレクサンダー・ポヴェトキン(ロシア)

 

5月23日 ロンドン

ヘビー級12回戦

オレクサンダー・ウシク(ウクライナ)vs.デリック・チソラ(イギリス) 

 

6月20日 ロンドン

WBA、IBF、WBO世界ヘビー級タイトルマッチ

アンソニー・ジョシュア(イギリス)vs.クブラト・プーレフ(ブルガリア)

 

7月18日(仮) ラスベガス

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

タイソン・フューリー(イギリス)vs.デオンテイ・ワイルダー (アメリカ)

 

今夏 開催地未定

ヘビー級12回戦

アンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)vs.アダム・コウナキ(ポーランド) or クリス・アレオーラ(アメリカ)

 

 タレント揃いの階級

 

(写真:これまで多くのコンテンダーを沈めてきたワイルダーの右はついに火を噴かなかった  Photo By Mikey Williams/Top Rank)

 ワイルダー再戦での印象的な強さのあとで、フューリーが現在のヘビー級の頂点に君臨していることに誰も異論はないはずだ。3団体統一王者のジョシュア、前WBC王者のワイルダーがその後に続き、A・ルイス、ルイス・オルティス(キューバ)、ホワイトといったベテランが第3グループを形成。クルーザー級の強豪を総なめにしてヘビー級に上がってきたウシクにも未知数の魅力がある。

 

 また、ドゥボア、ジョイス、コウナキ、トニー・ヨカ(フランス)、エファ・アジャグバ(ナイジェリア)といった無敗プロスペクト(有望株)たちが続々と芽を出してきているのも心強い。総合的に見て、ヘビー級に揃ったタレントは近年最高。ボクシングの看板である最重量級は豊潤の時代を迎えようとしているのだろう。

 

 時を同じくして、この階級のトップファイターたちは後に続くものたちに夢を与えるだけの高額報酬を手にするようにもなっている。

 

 振り返れば昨春、PBC所属のワイルダーに対し、スポーツ動画配信サービスのDAZNが3戦1億ドル、あるいは4戦1億2000万ドルという超大型契約を提示して強奪を図ったことがすべてを変えた。ワイルダーは結局、この巨額オファーを蹴り、PBCとの関係を保つことを選択。それでも尻に火がついたPBCは、自前のヘビー級王者にこれまでの数倍のファイトマネーを提示せざるを得なくなった。

 

 また、昨年6月1日に予定されたジョシュア対ジャーレル・ミラー(アメリカ)戦の前に、ミラーの薬物使用が発覚したのも大きかった。ここでDAZNは代役挑戦者を探し、PBC傘下のオルティス、コウナキらにも高額をオファー。おかげでPBCは王者ではない彼らをキープするためにも、相場以上の額を払わざるを得なくなった。こうしてDAZNの参入と高額投資によって、ヘビー級(だけではないが)のファイトマネーは急騰するに至ったのである。

 

 昨夏以降、ワイルダー、ジョシュア、フューリーというビッグ3の報酬はコンスタントに2000~4000万ドルを記録。特筆すべきは、スター選手とはいえないオルティス、ルイスも700~900万ドルを受け取っていることだ。最近のヘビー級では強豪同士の直接対決の風潮が生まれているが、その背景には、“強い相手と戦えば稼げる”というごく真っ当な理念が働いていることは言うまでもあるまい。

 

(写真:ワイルダー対フューリーの再戦はビッグイベントらしい雰囲気になった Photo By Mikey Williams/Top Rank)

 もっとも、こうして報酬の額が膨れ上がると、“いつまで続くか”という懸念が出てくるのも当然ではある。上記通り、ワイルダー対フューリーの再戦では両者に合計5600万ドルにも及ぶファイトマネーが保障されたため、記録的なゲート収入と、上質な約80万件というPPV売り上げをマークしたにもかかわらず、“赤字興行になったのでは”と疑われている。この結果は、ファイトマネーの相場が上がったのであれば、それを賄えるだけのシステムが必須という事実を物語っている。

 

 こんな状況下で、ボクシング界はどうしていくべきか。まず業界を挙げて取り組むべきは、PPVの違法ストリーミングをより効果的に取り締まることだ。

 

 お金を払わず、ネット上でワイルダー対フューリー再戦を見た視聴者の数は20~30万件以上にのぼるとされる。それがPPV成功の基準とされた100万件に届かない直接の要因にもなった。UFCではもっと執拗に違法動画を警備しているとのことで、ボクシングでも似たような対策の確立は急務だろう。

 

 そして何より、これまで通り、いやこれまで以上に上質なマッチメイクを心がけていくことが重要になる。ヘビー級全体が盛り上がり、カジュアルなファンの目につく機会が増えれば、継続してハイレベルなカードを提供する必要性は余計に大きくなる。PPVに力を入れるFOXも、加入者の大幅増加を目指すDAZNも、話題になる対戦カードを連続的に生み出すことで今後への道ができていくはずだ。

 

 ヘビー級ボクシングは今、重要な局面を迎えている。このまま良い流れにのれば、タイソン、ルイス、ホリフィールドらが躍動した時代以来の活況を保つことも可能かもしれない。遠からずうちに4団体統一戦を挙行する術を見つけられれば、再びボクシングの範疇を超えた話題を呼ぶことは確実だ。そんな方向に向かえるかどうか、ヘビー級にとって、今後1年~1年半くらいが極めて大切な時間になることは間違いなさそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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