第440回 ヤンキースが迎えるマスト・ウィンシーズン ~名門がア・リーグの本命に挙げられる理由~
アメリカにも球春到来―――。まもなくフロリダ、アリゾナのキャンプ地にメジャーの各チームが集まり、スプリングトレーニングが始まろうとしている。楽しみな2020年のシーズンに向けて、ヤンキースの前評判がすこぶる良い。
現時点で大半の主要メディア媒体がヤンキースをア・リーグ東地区の優勝候補筆頭に挙げており、ワールドシリーズ進出を予想する声も多い。2009年以降、10年連続でリーグ優勝から見放されてきた名門が今季は“大本命”。昨季に続き、“世界一以外はすべて失敗”という重荷を背負って戦い抜くことになりそうだ。
これだけ高く評価されている最大の要因は、今オフに9年3億2400万ドルの大型契約でゲリット・コールを獲得したことに尽きる。昨季のコールはアストロズのエースとして20勝5敗を挙げた。防御率2.50、326奪三振はリーグ1位というとてつもない成績をマーク。100マイル前後の速球と最高級の変化球を武器に、最もアンヒッタブル(攻略できない)なピッチャーであり続けた。
コールは年齢的にも29歳と今がピーク。特にヤンキースは過去3度のプレーオフでは2度アストロズに敗退していただけに、その難敵の大黒柱だった投手を手に入れたことの意味は大きい。
こうして最大の懸念材料と呼ばれ続けてきた先発投手のテコ入れに見事に成功し、ヤンキースは一昨年19勝のルイス・セベリーノ、6年連続二桁勝利の田中将大、昨季15勝のジェームズ・パクストン、一昨年17勝のJ.A.ハップ、コールという5枚看板を揃えたことになる。ここに来てパクストンが腰の手術で3~4カ月の離脱となったのは残念だったが、それでも上質な布陣であることは変わらない。
ライバル球団のダメージ
アーロン・ジャッジ、ジャンカルロ・スタントンらが引っ張り、昨季得点でメジャー最多、本塁打数で同2位をマークした打線は強力。さらにアロルディス・チャップマン、ザック・ブリットン、アダム・オッタビーノらを擁するブルペンもハイレベルなだけに、戦力的に弱点はほぼなくなったと言って良いだろう。
このようにヤンキースが充実しているだけでなく、ア・リーグでは最大のライバルだったアストロズ、レッドソックスが今オフに大きなダメージを負ったことも追い風になっている。今オフのMLBはサイン盗み事件のスキャンダルに揺れ、震源地となったのが他ならぬその2チームだった。電子機器を使って対戦相手のサインを盗み、伝達していた件で、2017年のワールドシリーズを制覇したアストロズの監督、GMがすでに解任。2018年に世界一になったレッドソックスの疑惑に関するMLBの調査も進んでおり、アレックス・コーラ監督もチームを去った。
もちろん、この両軍を見限るのは早すぎるし、サイン盗みをしなくてもプレーオフが狙えるチームではあるのだろう。例えそうだとしても、球界を震撼させたスキャンダルが何らかの形でそれぞれのチームに響いてくる可能性は否定できない。新監督の下での新たなチーム作りが順調に進むという保証もない。
レッドソックスは5日、ムーキー・ベッツ、デビッド・プライスという投打の主軸を放出する大トレードを行うと報道された。2018年にMVPを獲得した27歳のベッツを放出する背後には経費削減の意向も見え隠れし、現在に全力で勝ちにいくよりも、未来に備え始めた印象もある。このままいけば、ア・リーグ東地区での前評判はヤンキース、過去2年連続で90勝以上を挙げたレイズよりも下になることは確実だ。
こういった状況下で、ヤンキースはア・リーグ全体から目標にされるチームになる。近年はプレーオフで手痛い敗北を味わい続けてきた後で、今季は絶対に勝たなければいけない年。投打の役者が前評判通りに力を発揮し、包囲網を突破できるか。マスト・ウィン(絶対必勝の)シーズンを迎えた名門の行方に、2020年を通じて地元ニューヨークでも大きな注目が注がれ続けるに違いない。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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