40代を迎えても、なおトップを走り続ける選手がいる。41歳の競輪選手・武田豊樹だ。スピードスケートで五輪入賞の実績も持つ武田は、29歳と遅いデビューながら、一気にスターダムに躍り出ると、昨年のKEIRINグランプリで念願の初優勝を果たした。一昨年は失格によるあっせん停止処分を受け、昨年は新選手会設立を巡って自粛休場を余儀なくされるなど、紆余曲折を経ての栄冠だった。“中年の星”とも呼ばれ、齢を重ねるごとに輝きを増しつつある武田を二宮清純が直撃した。
(写真:練習では「負けパターンを想定する」。負けの可能性に備えることが勝利への近道と考えている)
二宮: グランプリ初制覇までは、いろいろ大変なことがありました。あっせん停止処分や自粛休場。この1年半は波乱万丈でしたね。
武田: そうですね。一昨年の後半からほとんどレースに参加してなかったので、最後に大きいレースに勝ててホッとしましたね。

二宮: 終わりよければ、すべて良し、という表現もあります。ブランクがある中でグランプリにかけていたと?
武田: グランプリはG1のレースを勝つか、賞金額で上位に入らないと出られません。僕は復帰1カ月でオールスター競輪を優勝できたので、その時点からはグランプリ優勝を目指す強い気持ちがありました。

二宮: あっせん停止が約5カ月、自粛休場が3カ月。レースに出られない日々はつらかったでしょう?
武田: 5カ月が明けて、また3カ月でしたからね……。ただ、精神的にまいることはありませんでした。この期間、自分が何をすべきかを考えながら過ごしていました。

二宮: 5カ月停止のペナルティを受けた際には、イギリスに渡ったとか。
武田: 改めて一から外国の自転車競技を勉強に行こうと思いました。やはりトレーニング方法や環境面は日本とは違う。刺激を受けた部分は多かったです。

二宮: 具体的に日本との違いを感じた部分は?
武田: 国をあげた強化システムがすごかったですね。有望な選手が約100人選抜されて、実力の順に国からサポートを受けている。選手を育てるのに、ひとりひとりマネジャーがついていますし、広報などのスタッフも充実していました。日本ではありえない話で、これでは勝てないと感じました。一方で、日本もイギリスにはないところがあるんです。

二宮: たとえば?
武田: プロとして1年中、レースできる環境があること。向こうの選手には、1億円を超える賞金がもらえたり、毎週のようにレースがある点について、いろいろ聞かれました。日本も世界より優れた部分がある。世界と戦う上では、その強みをうまく生かしていくことが大事ではないでしょうか。

二宮: 武田さんが初めてG1レースを制したのは09年の日本選手権でした。G1に勝って初めて、一流選手の仲間入りができたという思いだったのでしょうか。
武田: そうですね。G1を獲れる獲れると言われながら、なかなか勝てなかった。本当に競輪選手として認められたという実感がありました。日本選手権で勝ったのが昨年グランプリを獲った岸和田競輪場だったので、験の良さを感じています。

二宮: G1初制覇からグランプリの常連になりましたが、不思議なもので何回出ても勝てない選手は勝てない。武田さんも「縁がないのかな」と思ったこともあったのでは?
武田: 正直、ありましたね。もう無理かもしれないと……。ただ、昨年のグランプリは、ほぼ走れない状況から出られたので、いい意味で開き直れました。「出られたことがラッキー」という気分で、ヘンな気負いがなかったのが良かったのかもしれません。

二宮: 競輪界でG1制覇の最年長記録は松本整さんの45歳。今の武田さんなら、この更新も十分狙える充実ぶりです。今後の競輪人生はどのように描いていますか。
武田: はっきりと想像はできないんですけど、ずっとG1に出られる選手でいたいですね。おもしろみのないレースは走りたくない。G1に出られなくなったら、引き際を考えるのではないでしょうか。

二宮: 裏を返せば、今は走っていておもしろいと?
武田: レースは楽しいですよ。肉体も精神もしんどいですが、最近はレース中、他の選手をパッと見た時の表情や体の動きで、どんなことを考えているのか感じられるようになってきました。

二宮: レースの綾もわかってきて昔の自分よりも勝てる手応えがあると?
武田: と思っています。ただ、年齢を重ねると体よりも精神のほうがきつくなる。トレーニングをしていて頭で考えてしまうんです。長年の経験で“この1本をやると体がこうなる”とわかりますから、どうしても、心がブレーキをかけてしまうんですね。何も考えずに無我夢中でできた若い頃とは明らかに違う。その葛藤を乗り越える勇気が必要になってきています。

二宮: オーバーワークにならないよう、体と相談しつつも、自らを甘やかせてはいけない。そのバランスが難しくなってくるわけですね。
武田: その通りです。もちろんオーバーワークは避けなくてはいけないのですが、それを気にして練習している時点で勝てないんじゃないかとも思うんです。日々、考えることが増えてくるので、それが精神的につらいですね。

二宮: それゆえにレースに勝った時の喜びも大きいのでは?
武田: 勝つと、もう1回やってやろうと気持ちが前向きになる。それが大きいレースであれば、なおさらです。だからこそ、可能な限り、大きいレースで走り続けたいと思うんでしょうね。

<現在発売中の『第三文明』2015年6月号でも、武田選手のインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>