第220回「選手の本音」
こんな事態を誰が予想しただろう。
未知のウイルスが蔓延し、オリンピック・パラリンピックが延期となる。
プロ野球、Jリーグなど主要スポーツの開幕さえ見えない。
あらためて、スポーツとは平和であるからこそできるというのを痛感させられる。
さすがに今回のオリパラ延期に反論を唱える人はいないだろう。選手がまともに練習できないのはもちろん、世界中の人々が普通に暮らせない状況下でイベントは考えられない。むしろ延期期間が1年で十分だったのかという議論もあるが、これに関しては別の機会に譲ることにしよう。
僕が気になったのは、延期を決定するところで、選手たちの声、特に開催国である日本選手の声が聞こえてこなかったことだ。決まった後には、様々なコメントがメディアやSNSで伝わってきたが、その決定に至るプロセスではほぼ皆無であった。一番の当事者である選手はなにも言わなくていいのか……。
日本のスポーツ界には、“選手は上の人が言うことに意見するな”という空気がある。そういう刷り込みをずっと受けているから、意見する概念や習慣がない。また意見すると、反抗的とみなされ、様々なところで不利益を被ることがあるし、それを恐れているところもある。いずれにせよ選手が、競技団体のトップやIOC、政府に意見することは百害あって一利なしとされ、押し黙ってしまうのだ。
私がそれを強く再認識したのは、東京五輪のマラソン競技における札幌への移転問題の際だった。決定されるまで選手はおろか、現場からの意見はほとんど出されず、政治的なところで決まってしまった感がある。この時、僕は選手や関係者に沢山お話を聞いたのだが、やはり実名でのコメント露出は断られた。競技団体、JOC、スポンサーなどの反応を考えるとやはり難しかったのだろう。本来は選手の代弁者である競技団体でさえ、何かに怯えるように現場にヒアリングしていた意見を出さなかったのには驚いたが……。
今回も基本的にはほぼ同じ構造だろう。選手や現場の意見はほぼ出てこずに決定された。
選手の立場は弱い。政治的な発言でスポンサー的にNGを出される、競技団体に抑えられると、今後の競技活動に関わってくる。ここは「沈黙は金あり」となってしまうのが選手の心理であろう。
見えない当事者の姿
そして、その後出てくるコメントは当たり前のようにポジティブなものがほとんどだ。「僕たちは与えられた環境で戦うだけ」、「延期で時間ができたと思いたい」など。これを聞いた世間の皆さんは、やはり選手たちは前向きにとらえているんだと思われている。ちょっと待って、本当に選手はそんなことばかり考えているのか?
「3年かかってここまで勝ち上がり、仕上げてきたのに」、「選手の1年はそんなに軽いものではない」と考えていた選手は多数いたはずだ。選手のパフォーマンスは冷凍食品ではない。まだ食べないなら冷凍しておいて、必要なタイミングでチンというわけにはいかないだろう。ギリギリで調整してきたからこそ、人間の限界のパフォーマンスが出せるのであり、そのギリギリの反動も小さくない……。
でも、そんなネガティブなことを言って、自分自身のモチベーションを下げたくないから無理やりポジティブトークをするのは当然である。もちろんセルフブランディングの一環もあるだろう。ともあれ、こうして選手の本音は世に出ないで闇に消えていく。おそらく1年ずれることで、精神的なテンションが保てない選手も、年齢などが原因でピークが大きく過ぎてしまう選手もいるだろう。もちろん今回の場合は、仕方のないこと。これも人生と割り切らなければならないのだが、それ以前にもっとも大切な決定をするところで、当事者の姿が見えないことが残念でならない。
今後もスポーツ界にでは、過去にない大きな事件が起きるかもしれない。
その時にも選手はロボットのように競技するだけでいいのか。
選手は活動の中で苦しく厳しいステップを踏んできている。
だからレジリエンス(回復力)も素晴らしいし、臨機応変に対応できる力も備えている。そんな選手だからこそ言葉にも重みがあるはずで、表面的ではない本当の声を聞かせて欲しい
時代は変わっていく。
選手に求められることも変わってくるだろう。
でも、やはりリアルな声に説得力があり響くのだ。
選手にも社会性が求められてきている。
ぜひ、選手の皆さん、関係者の皆さん、本音で主張を聞かせてください。
メディアの皆さん、それを拾ってください。
スポンサーの皆さん、そんな自覚のある選手を応援してください。
日本のスポーツの未来のために。
白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。