(写真:NYポストの紙面からも、コウジ氏が愛された人物だったことが伝わってくる)

 どれだけ厳しい状況の最中に身を置いたとしても、身内や身近な人に影響が及ばない限り、なかなか実感として感じられないというのが正直なところではある。今回の新型コロナウィルスによるパンデミックに関しても同様で、(私も含めて)“自分は大丈夫”と思い続けていた人は少なくないのではないか。

 

 しかし、ニューヨークのスポーツ界の人間に、現実を突きつけるニュースが12日に届いた。ニューヨーク・ポスト紙のスポーツカメラマン、アンソニー・コウジ氏がコロナのために48歳という若さで逝去したのだ。

 

 このコウジ氏は有能なフォトグラファーであるだけでなく、明るくフレンドリーな好漢だったこともあって、地元のスポーツ界が受けたショックは大きかった。やりきれない悲しみを感じると同時に、コロナショックの脅威をここで改めて実感したという関係者も多かったことだろう。

 

 コウジ氏はニューヨークでも最大の売り上げを誇るタブロイド紙、ニューヨークポストのベテランカメラマン。早すぎる死が伝えられた後、球界のみならず多くの著名人が追悼の意を表明したことからもその評判の良さが窺い知れる。

 

 MLB、NBA、ボクシングという現場にもくまなく出入りしていたこともあって、私も顔を合わす機会は多かった。友人と呼べる間柄ではなかったが、言葉を交わす際はスポーツのことより、まだ小さい互いの子供の話ばかりをした記憶が残っている。

 

(写真:著名なスポーツカメラマンの逝去はNYに大きなショックを与えた)

 コウジ氏により親しかった人たちの話を聞くと、その寛大さで同僚たちからも極めて評判の良いカメラマンだったという。バイタリティと明るさが印象的な人物だったからこそ、今回の急死は周囲に余計に大きな衝撃を与えたに違いない。

 

 米スポーツが再開された際には、コウジ氏を悼み、メディアの人間に対するものとしては異例なほどのトリビュートがニューヨークのスタジアム、アリーナで催されるのではないか。もっとも、残念ながら、その日はかなり先になってしまう可能性が高い。今後、アメリカ、世界は徐々に復興に向かっていくとしても、ニューヨークにメジャースポーツが戻ってくるまでにはまだ長い時間が必要に思えるからだ。

 

 1日1日を大切に

 

 MLB、NBAは再開を目指し、それぞれクリエイティブなプランを検討していることが伝えられている。MLBはアリゾナとフロリダ、NBAはラスベガスに全チームを集めて無観客リーグの開催を考慮しているという。実現までのハードルを極めて高そうだが、15日、コロナ対策の米国最高責任者であるアンソニー・ファウチ博士が「無観客ならば」と肯定的に語ったことはアメリカでも話題になった。

 

(写真:ヤンキース田中をニューヨークのマウンドで見れるのはいつになるか)

 ベースボールやバスケットボールのような団体競技と違い、関わる人数の少ないゴルフ、格闘技などの競技スタートにはより大きな希望が持てる。米ゴルフに関しては、6月再開と一部のメディアが伝えたばかり。格闘技ではUFCが早ければ5月、ボクシングは6月頃の興行を目指しているという話も聞こえてくる。

 

 ただ、もちろん現在は人々の健康が最優先。これらの再開トークはあくまでアイデア、希望的観測に過ぎない。特にニューヨークの状況を直視したとき、スポーツ開催に楽観的になるのは難しい。4月11日時点でニューヨーク州の感染者は17万2358人、死者は7844人という惨状で、街の空気的にも「スポーツどころではない」というのが正直なところだ。

 

 特に観客を入れての興行は当分先で、ファンはしばらく厳しい時間を余儀なくされるに違いない。今年中にスポーツが再開されるとしても、地元チームもニューヨークの外でプレーすることになるはずだ。

 

(写真:室内に2万人近いファンを集めるNBA戦の開催はハードルが高そうだ」)

 この街を拠点にし、長くスポーツの取材、執筆を続けてきたものとしてはフラストレーションも感じるが、今は我慢の時なのだろう。パンデミックの前では人は無力だし、さらにいえば、現状では“スポーツがなくて寂しい”と思える健康状態の人間はおそらく幸運なのだ。その事実は、これまで同じスポーツのフィールドで活動していたカメラマンが身をもって示してくれたことでもある。

 

 苦しい日々の中にある微かな光明は、2001年の同時多発テロ事件直後と同様、現在のニューヨークには“We are all in this together (一丸となって苦境を乗り越えよう)”という空気が確実に存在することだ。もちろん例外はあり、そういった人たちの姿ばかりが伝えられているが、「今は健康が最優先」という気持ちがほとんどの人々の心の中にある。それはスポーツ界に関しても同じことだ。

 

 ニューヨークがこれで終わることはない。この街らしい輝きはいずれ必ず戻ってくるし、音楽やブロードウェイ、そしてスポーツの熱気もいつか絶対に蘇る。その日に向けて、今から1日1日を大切に生きておかねばならない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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