新型コロナウイルスの感染拡大の影響で今年3月に予定されていた第92回選抜高校野球大会は中止になりました。センバツが中止になるのは史上初めてのことです。出場の決定していた32校は無念の涙をのみました。


 32校のうち初出場校は帯広農(北海道・21世紀枠)、白樺学園(北海道)、加藤学園(静岡)、平田(島根・21世紀枠)、鹿児島城西(鹿児島)の5校でした。センバツで初出場校が優勝を果たしたのは第1回の高松商(香川)を含め17校あります。近年は2004年の済美(愛媛)以来、初出場初優勝は達成されていません。

 

 初出場校の躍進で思い出すのが1977年の準優勝・中村(高知)です。部員数12人で出場した同校は「24の瞳」と称されました。チームを牽引したエース山沖之彦投手は、星稜(石川)の小松辰雄投手と並び大会屈指の好投手でした。その中村と準々決勝で対戦したのが天理(奈良)です。

 

 天理は大型遊撃手の鈴木康友選手を4番に据え、優勝候補の一角でした。初出場・中村の進撃もここまでか、との下馬評が圧倒的でした。だが、試合は4対1で中村が逆転勝ち。その後、準決勝で岡山南に勝ち、決勝では箕島(和歌山)に敗れたものの「24の瞳」は全国の高校野球ファンの鮮烈な印象を残しました。

 

 中村のエース・山沖さんはのちに阪急へ、天理の鈴木さんは巨人へと、ともにプロ入りしました。昨年9月のことです。スポーツチャンネルJ SPORTSのオリックス対東北楽天戦の解説席で2人が久しぶりに顔を合わせました。話は自然と42年前のセンバツにも及びましたが、このとき鈴木さんが意外な敗因を口にしました。後日、鈴木さんから直接聞いた話も含め、解説席では触れられなかった42年前の熱戦について紹介しましょう。

 

--天理対中村の準々決勝は鈴木さんのタイムリーで天理が先制しました。
「星稜の小松と並んで好投手と言われていた山沖のストレートを左中間に放り込んでやる、と意気込んで宿舎で素振りを繰り返して臨んだ一戦でした。4回裏、2アウト一塁で打席に入り、そこで"捕まえて放り込んだ!"と思ったんですが、なんと打球はどん詰まり(笑)。ファーストの後ろにフラフラっと上がったフライが落ちて、ブルペン方向へコロコロっと。それで一塁ランナーが一気にホームまでかえり、天理が1対0とリードしたんです。でも、その後逆転されてうちが4対1で負けるんですが、それには伏線がありました」

 

--というと?
「何回だったか試合の序盤に中村のセカンド田頭克文が二塁ランナーになった。当然、リードをとるわけで、彼のスパイクで僕の守備位置の前が荒れます。それを足で均していたときのことです。田頭が"ごめんな"って言いながら、屈んで手でグラウンドを均したんですよ。これに衝撃を受けたんです。というのも彼らは部員12人。練習も整備も全部自分たちでやらないと活動できません。一方、僕ら天理は部員90人くらいのマンモス野球部だから、レギュラー組と控え組で練習も分かれていたし、打撃投手をやってくれたり、その他、裏方のような役目をしてくれる選手が大勢いた。なんだか田頭の行動にすごくカルチャーショックを受けてしまったんですよ」

 

--それが逆転につながった?
「そのときは点をとられなかったんですけど、次の回だったか、山沖がセカンドランナーになりました。連投ですからバテバテで肩で息をしている。しかも身長191センチと大柄だから決して俊敏じゃない。キャッチャーとピックオフプレーで刺してやろう、と。それでサイン通りにキャッチャーから牽制が来て完全にアウトのタイミングでした。ところが、僕のタッチが甘くなって、山沖にかわされてセーフになった。実はその前の田頭の"ごめんな"というのが頭に残っていて、軽いタッチになってしまったんですよ」

 

 鈴木さんによれば当時、近畿地区の高校野球は天理を始め、PL学園(大阪)、浪商(大阪)など強豪がしのぎを削っていました。プレーが荒っぽくなる場面も多々あったといいます。

 

「これがPLや浪商相手だったら、"おらー!"と強いタッチにいってますよ。骨折ったらー、くらいの勢いで。そういう環境で野球をしていたから、"ごめんな"というのは本当にカルチャーショックでした。キャッチャーは"すまん、オレの送球が高かった"と謝っていましたが、あれはキャッチャーは悪くない。甘くなったタッチが原因でした。その後、タイムリーを打たれ、あとはフォアボールやエラーもあって逆転負け。今もほろ苦い思い出です」

 

 ちなみに2人で解説したオリックス対楽天の試合終盤、二塁牽制のシーンがありました。微妙なタイミングでしたが判定はセーフ。ここで山沖さんがマイクに向かって「今のはタッチが甘かったんじゃない?」とニヤリ。鈴木さんは苦笑いするしかありませんでした。40年以上経っても甲子園で戦った者同士の絆は健在です。

 

(文/SC編集部・西崎)


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