MLBにとってサラリーキャップはトラブルの種である。開幕に向け、コロナで大打撃を受けた経営者側から事実上のサラリーキャップとも言える「総収入折半」案が浮上しているが、やぶへびになりかねない。

 

 周知のように北米4大プロスポーツ(NFL、NBA、NHL、MLB)の中で、サラリーキャップ制を採用していないのはMLBだけだ。選手報酬への最低保証分配率は労使協定のたびに見直されるが、現時点ではNFLとNBAが51.2%、NHLが54%。

 

 なぜ球団の安定経営に不可欠なサラリーキャップ制がMLBのみ導入されないのか。「選手会の力が強過ぎる」との声が一般的だが、否定はしないものの、事はそう単純ではない。それが26年前のストライキを取材した際の実感だ。

 

 1994年8月12日から95年4月2日まで、232日間に及んだストライキの発端は、経営者側からのサラリーキャップ制導入の提案だった。当時、選手の総年俸は総収入の58%に達しており、赤字に悩む経営者側(当時は28球団中19球団が赤字)は「50対50」の案を持ち出してきた。

 

 切れ者と言われたドナルド・フェア(選手会専務理事)は、もちろん難色を示したものの、ストライキという実力行使には必ずしも積極的ではなかった。そこでテーブルにつくための条件をいくつか経営者側に提示した。その中のひとつが「入場料収入の明確化」だった。ここが不透明なままでは総収入が算出できない。必然的にサラリーキャップの前提は成立しない。

 

 フェアが問題視したのは多額な使用料をとるスイートルーム収入だった。この部分が抜け落ちているというフェアの指摘に、ヤンキースのカスタマーサービスの責任者だったジョエル・ホワイトは「スイートルーム収入はサラリーキャップの範疇には含まれていない」と反駁した。見解の相違の溝は深く、泥沼のストライキへと突入していく。

 

 Field of Greed(欲張りたちの球場)――。ストライキ明けの球場にファンが持ち込んだ一枚のボードの写真は世界中に配信された。

 

 あれから4半世紀。分断が進む米国で、ナショナル・パスタイムの果たすべき役割は小さくない。まして今は非常時だ。背広組もユニホーム組も“232日間の教訓”を無駄にしないで欲しい。

 

<この原稿は20年5月20日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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