IOC首脳、「東京五輪再延期なし」 森喜朗会長が語る「背水の覚悟」
IOCのトーマス・バッハ会長が英国メディアの取材に応じ、2021年に延期された東京五輪・パラリンピックについて、「安倍晋三首相から最後のオプションだと伝えられた」ことを明らかにした。それに続き、ジョン・コーツ調整委員長がオーストラリアの地元紙に開催の判断は10月頃になるとの見通しを述べた。バッハ氏、コーツ氏とも再延期はないとの考えだ。国内では4月に森喜朗大会組織委員会会長が「(再延期は)ない。その時は中止」と言明している。当HP編集長の二宮清純が4月に森会長に対し行ったインタビューの一部を掲載する。詳しくは「中央公論」2020年6月号をお読みいただきたい。
二宮清純: では3月24日の1年延期を決めたIOCとの電話会議についてお伺いします。基本的にはIOCに対して中止カードを切らせたくなかった。東京都も組織委も日本政府も同じ思いだったということですね。事前にすりあわせはされたのですか。
森喜朗: 私には他の皆さんが来る30分前に、安倍さんが1人で来てくれ、と。私と総理だけで事前に打ち合わせをしました。中止はとにかくなしで1年延期の線でいこうと。
二宮: その中で、森さんは2年でどうですか、と投げかけたけれども、安倍さんが1年で勝負に出た。こういう解釈でよろしいですか。
森: 総理が1年延期と言ったから「コロナが終息しないこともありうる。2年は考えなくていいんですか」と尋ねたら、総理は「2年だったらやれないだろう」と。「政局も絡むよ」「それは考えないでおこうよ」。私と彼の間柄だから、そういう会話は確かにあった。
二宮: バッハ会長はすぐにOKを?
森: 2年延期の話は一切しないで、総理から1年延期でやりたいと。「人類がコロナに打ち勝った証として成功させる」という安倍さんの決意を伝えたら、バッハさんは「100パーセント同意する」と。
二宮: バッハさんも胸の内では1年延期を考えていたのでしょうね。渡りに船だと。
森: でしょうね。もし2年となると北京の冬季大会とぶつかるし、パリ大会の2年前になってしまうからね。
二宮: その前の16日、G7の電話会議で、安倍さんが「完全な形での実現」を訴え、これが支持されましたね。
森: G7は非常にいい機会だった。
二宮: G7の前にトランプ大統領が1年延期に言及したことは結果的に追い風になったということですか。IOCとしても自分たちから延期を言い出したくはないけれど、阿吽の呼吸があったように映ります。
森: おそらく、トランプもG7の皆さんも、仮に日本でコロナの感染拡大が終息しても、派遣できない国が出てきては、かつてのモスクワ大会みたいになってしまう。安倍さんが「完全な形で」と言うのは、言いやすかったということでしょうね。だからG7全体として、珍しくうまく話がまとまったのではないかな。
二宮: 来年にコロナが収まってくれればいいのですが、記者会見で森さんは「神頼み」と発言されました。つまり来年のことは誰もわからない。
森: 2014年、組織委は44人から始まり、今は3800人超ですが、6年かけて準備してきた。とにかく次から次へと押し寄せてくる波がたくさんあり、その波がもうないなと思っていたところに、マラソン会場の札幌移転の話。約2週間で片をつけましたよ。これだけやれば神様も許してくれると思っていたら、今度はコロナ。神様、まだ我々を苦しめるんですか、と。映画『ポセイドン・アドベンチャー』を思い出しました。牧師が自分の身を犠牲にして、津波に襲われて転覆した豪華客船の生き残り客を救う。牧師が最期に「神よ、どれほどの生贄が必要か。まだ満足しないのならば、私の命を奪え」と叫びながら炎の中へ落下してしまう。非常に感動したのを思い出して「神頼み」と申し上げた。
二宮: 1年延期ということで森さんの体調を心配する向きもあります。今頃、オプジーボ(がん治療薬)がなかったら……。
森: あれが“神”だった。オプジーボは高額なので財政を圧迫するため、厚生労働省が保険適用に反対していた。
二宮: 医療行政というのは、たとえばPCR検査数の増加を一国の総理が求めても動きがにぶいように聖域化された部分があるように映ります。
森: いやいや、薬事審議会だなんだと役人が決めたことにしないように、審議会は厚労省が最多ではないか。日本の国民性もあると思いますよ。薬害があれば、すぐ裁判になる。すべて認可した厚労省の責任だとなったら、怖くて認められませんよ。人の命に関わることが多いから、慎重にならざるをえない。それで薬の承認申請から審査を経て認可されるまでは1~2年はかかる。日本はすぐれた社会主義国家なんですよ。全体として医療費を保険制度でまかなっていくから、高額な薬は国に迷惑をかけることになる。日本と外国との違いはそういうところ。厚労省を悪者にしてはいけない。
二宮: そこはわかりますが、コロナで危急存亡の時に必要なのはブレーキよりもアクセルでしょう。座して死を待つのか、という議論になってしまう。救える命も救えないようでは国家ではない。
森: それで国産でコロナに効果があるというアビガンへの期待が高まっているけど、参考にオプジーボの例を振り返ると、試験的に治療を受けた患者の1人が私なんだよ。その前の2015年、ラグビーワールドカップイングランド大会の時、抗がん剤の副作用で頭は丸坊主、杖をついて見に行った。帰国後の16年春、オプジーボが認可されたので使ってみると、みるみる回復。まず髪の毛がボンボン生え出した(笑)。足が動くようになった。これはすごいものだと思ったね。ノーベル賞をとられた開発者の本庶佑先生と話をした時、面白いことをおっしゃったね。「先生、この薬はいつまで続ければいいのか」と尋ねた。結構お金もかかるんでね(笑)。今でこそ安くなりましたが、医療費に迷惑をかけていましたし。すると本庶先生は「馬鹿言っちゃいけない」と。「森さん、がんを治す薬を僕は作ったのではないんだよ。がんに打ち勝つ、あなたの免疫力を高める薬を作った。だから、免疫力を高めて自分の力でやっつける、これががん撲滅に一番いいんだ。そう思って作った」。なるほど、オプジーボというのはそういう薬か、これは神様だ、と思ったよ。だから僕は安倍さんにもあの電話会談の30分前に言ったんだよ。信じようや、オプジーボのような薬ができることを、と。世界と日本の科学者たちがこのまま手をこまねいているとは思わない。
二宮: コロナのワクチンができるだろう、と。ならばワクチンや治療薬の開発を五輪開催の条件にしても良かったのではないでしょうか。
森: いや必ず出てくると思う。それに賭けようと。すると安倍さんはアビガンの話をした。ただ、「厚労省がうるさくて」と言うから、「そんなもの総理の権限でやってください」と言いました。そこから、安倍さんの「人類がコロナに打ち克った証として東京オリンピック・パラリンピックを成功させる」というのが出てきたわけだよ。組織委もワンチームの一員として、同じ思いを共有し、全力を尽くしていきます。
<この原稿は『中央公論』2020年6月号のに掲載された内容を一部抜粋・再構成したものです>