(写真:エンジンを持たないグライダーはピュアグライダーとも呼ぶ ⓒBS11)

 グライダーは機体にエンジンを積まずして、高度1000m以上を舞い上がり、1000km以上もの距離を飛行することが可能なスカイスポーツである。学生グライダー界の強豪・慶應義塾大学航空部主将の山路優輝は「鳥よりうまく飛ぼうと頑張っている」と口にするほど。「ライバルは鳥」という特殊な競技に迫る。

 

 日本笹川スポーツ財団のHPによると、グライダーは約100年前、ドイツで生まれたという。ヨーロッパが盛んで、ドイツのほか、フランス、ポーランド、チェコなどが強豪国として知られる。<世界の滑空スポーツは20万人と言われています。日本には約60の社会人クラブと約60の大学サークルがあり、約3000名の愛好者が所属しています>(同HP)。機体の素材は1970年代までは木製羽布張が主流で、80年代以降はプラスチック製が主流となっている。

 

 エンジンのないグライダーが高度を上げるためには、機体にロープを巻き付け、ウィンチという機械で引っ張り上げるしかない。凧揚げの要領で機体を上空へ運ぶのだ。だが、ここから先が凧揚げとは違う。機体は上空でロープを切り離し、空を自由に舞う。慶大航空部の栗山修監督は、その際の感覚をこう語る。

「高度が上がる感覚は、速いエレベーターに乗り、上の階へ上がるようなGを感じます。『ジェットコースターに似ている』とおっしゃる方もいます。上がっていく瞬間は怖がられる方もいますが、空に解き放たれ、滑空の状態に入ると景色もよく見えますし、『素晴らしいですね』と感動される方が多いですね」

 

 空へ放たれたグライダーは、重力を受け、少しずつ下降していく。ここで飛距離を延ばすためには、高度を上げることが必要となる。そのためのカギが上昇気流だ。機体を上昇気流に乗せれば、高度が上昇し、空中での滞在時間を確保できる。それが飛距離の延伸に繋がる。

 

(写真:パイロットは判断力、次を読む力に加え、空に関する知識も必要となる ⓒBS11)

 目に見えない上昇気流を探すため、パイロットはいくつかの情報を元に飛行すると。まず目印となるのが積雲だ。晴れた日に地面が温められた時にできる積雲。これが上昇気流を探す上でのヒントになる。工場も目印のひとつだ。稼働時の排熱が熱上昇気流を生むからである。あとは風を肌で感じることだ。

「焚火も目安になりますね。煙の流れ具合を見て、上昇気流の有無を判断します。あとは目に見えなくても機体が急に傾けられた時です。右に傾けられれば、左に上昇気流があるかもしれない。パイロットはいろいろな感覚を研ぎ澄ましておく必要があります。経験や勘が重要になるポジションです」(栗山監督)

 

 上昇気流に入った時の感覚はこうだ。山路は「座席に体を押しつかれる」と言う。一方、栗山監督は「エレベーターで体が床に押し付けられるような感覚に似ている」。そして続ける「機体には昇降計器も付いていますが、一番は体がセンサー。体とメーターを駆使し、上昇気流の中心に寄せていくんです」。飛行距離を延ばすために必要不可欠な上昇気流。「上昇気流を見つけた時、そして中心に入った時には胸が躍りますね」と栗山監督は語る。

 

 世界に羽ばたく若手育成を

 

 もっとも、上昇気流とは言っても千差万別である。

「持ち上げられ、沈み、またすぐに上がる。不安定な気流も当然あります。ものすごく荒れていて、操縦が下手だと気流の外に弾かれてしまうものもあるんです。だから上昇気流といっても、入ってみないと良い悪いは簡単には言い切れません」(栗山監督)

 

 パイロットに必要な資質は先を見通す力と判断力だ。

「基本的に体力はいりませんからね。ただし長く、遠くへ飛ぶ場合には、酸素が薄いコースも通ることもある。そうなると体力、忍耐力は必要になりますね。パイロットに必要なのは、いろいろな情報が入ってくる中、どこにポイントを置き、それを有効活用できるかです。そのために私は『人の飛行をちゃんと見ろ』と指導しています。人の飛行を自分の飛行にどう役立てるか。1日に機体に乗り込み、飛行訓練をできるのは多くて1日3回です。その1回1回を実のあるものにするためには、自分が飛んでいない時も自分が飛んでいるシミュレーションをし、考えていくことが大事なんです」(栗山監督)

 

(写真:創部から90年以上の伝統を持つ名門・慶大航空部 ⓒBS11)

 グライダーにおいて花形はパイロット。しかし、パイロット1人だけでは限界がある。慶大航空部を例に挙げよう。動力係、機体係、機材係、無線係という専門チームがある。動力係はウィンチを操縦したり、切り離したロープを巻き取るための自動車運転などを担当する。機体係は主にグライダーのメンテナンスを任される。演習に必要な道具を揃えるのが機材係。無線係はピストマン、マイクマンと呼ばれる司令塔だ。その持ち場であるピストという机のまわりには、3人配置されている。マイク、無線を通し、指示する者がいれば、飛行訓練のスケジュールや人員の配置を差配する者、帳面を記録する者もいる。地上でパイロットを支える彼らの活躍が、エンジンを持たないグライダーの“動力”になる。

 

 日本におけるグライダーはメジャースポーツとは言えないのが実状だ。栗山監督は言う。

「日本から世界に打って出る人はまだ少ない。何人か世界で活躍している方もいらっしゃるが、常に好成績を残せているわけではない。年に1、2回優勝することはできても、世界で勝ち続けるまでではありません」

 

 慶大航空部の歴史は古く、創設は昭和5年だ。全国大会は20回も優勝。“陸の王者”ならぬ“空の王者”の名をほしいままにしている。さらに栗山監督は世界に視野を広げるべきだという。

「部を上げ、OBも巻き込んでグライダーの世界を広げていかなければいけない。今は国際的な大会に出る技量を持つ若い選手を育てていきたいと思っています。また世界大会を戦うことで、海外の選手との交流はいい経験になるし、選手自身の視野を広げることにも繋がると思う。こういった取り組みを学生航空連盟の中で、先陣を切ってやっていきたいと考えています」

 

 世界で活躍する選手が増えれば、競技人口の増加にも繋がるはずだ。上昇気流に乗りたい。

 

 BS11のスポーツドキュメンタリー番組『キラボシ!』は、毎週日曜18時30分に放送しています。慶應義塾大学航空部の特集は現在オンデマンド配信中(6月28日迄)。ぜひご視聴ください! 


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