(写真:昨年10月放送のBS11『キラボシ!』で特集された湯淺<右>と広沢 ⓒBS11)

 日本体育大学女子陸上競技部はオリンピックマラソンメダリスト・有森裕子らをOGに持つ名門である。同大は陸上に限らず様々な競技で数々のオリンピアンや世界選手権代表を輩出してきた。昨年度、陸上部を牽引していたのがキャプテンを務めた湯淺佳那子と、短距離ブロックキャプテンの広沢真愛である。この春、2人は日体大を卒業。主に100mを主戦する湯淺は三重県スポーツ協会に所属し、日体大に残ってトレーニングを積んでいる。400mの広沢は東邦銀行に就職した。拠点を福島県に移したのだ。東京オリンピックを目指し、別々の道を歩んだ2人のスプリンターの現在を追った。

 

――日体大卒業後、練習拠点はそのままに所属のみが三重県スポーツ協会に変わりました。

湯淺佳那子: 競技に集中するために選択しました。引き続き、大村邦英総監督に指導していただいています。

 

――新型コロナウイルス感染拡大の影響で、各大会が中止になっています。昨シーズンから日本インカレ、国体の100mで優勝するなど上り調子でした。

湯淺: 冬季は自分的にも走り込めていて、今まで一番の出来でした。だから今月出場する予定だった試合が楽しみだったんですが……。次に出場する試合がいつの開催になるかはわかりませんが、今はできる練習を積んでいくしかない。近くに公園や坂があるので、大学の後輩たちとトレーニングをしています。

 

――湯淺選手の入学と同時期に大村総監督が就任しました。東京高校で、ケンブリッジ飛鳥選手など数々の日本代表スプリンターを育成してきた名伯楽です。

湯淺: 走るメニューが少なくて驚きました。ダイナマックス(重いボールを使ったトレーニング)で基礎練習。走る距離も回数も少なく、高校時代は120mや200mを何本か走っていたのですが、フレキシハードル(ミニハードル)を使ったランニングは80mぐらいです。最初は“こんなに走らなくて大丈夫なのかな”と戸惑いの方が大きかった。

 

――その戸惑いから成長を実感できるようになったのはいつ頃ですか?

湯淺: 1年生の時はベストを更新できませんでしたが、2年生になってベストが出始めるようになりました。その結果、練習でも自分が速く走れるようになった実感を得られるようになっていきましたね。

 

「日本代表のバトンを」

 

湯淺佳那子(ゆあさ・かなこ) 1997年5月23日、広島県出身。三重県スポーツ協会所属。小学5年で陸上を始める。熊野中、広島皆実高を経て日本体育大に進学。大学4年時にインカレで100mを制し、茨城国体の同種目成年女子の部で優勝。大学卒業後、三重県スポーツ協会に所属し、競技を続けている。100mの自己ベストは11秒62。身長161cm。

 

――昨年10月に放送されたBS11の『キラボシ!』の反響は?

湯淺: 周りからも「見たよ」って連絡がたくさんあり、「すごいね」「おめでとう」という感想をもらいました。“頑張ろう”というモチベーションになりました。

 

――番組ではチームメイトの広沢真愛選手との友情が描かれていました。それだけ彼女の存在は大きかった?

湯淺: はい。真愛はストイックで絶対妥協しない。何をするにしても全力なんです。練習中も弱音を吐かない姿を見て、“私も頑張ろう”と力をもらっています。私は100m、真愛は400mがメイン種目。真愛が勝っていると、“私も勝ちたい”と思いますが、メイン種目が違うので、“ライバル”と言うよりは“仲間”ですね。

 

――2人は日本陸上競技連盟の女子リレープロジェクトメンバーに選ばれています。一緒に日本代表として戦っていきたいですか?

湯淺: 私は4継(4×100m)、真愛はマイル(4×400m)リレーのメンバーですが、私がマイルのメンバーに入るか、真愛が4継に出れば、一緒のチームで戦える。いつかは日本代表としてバトンを繋ぎたいと思っています。

 

――東京オリンピックの1年延期が決まりました。

湯淺: チャンスが増えたとプラスにとらえています。参加標準記録を突破するための試合がいつになるかわかりませんが、本番までの時間が延びた分、練習に充てられる時間も増えた。まずは100mと4継の代表をしっかり狙っていきたいです!

 

――最後にアスリートとしての理想像は?

湯淺: 私と同じ広島県出身の山縣亮太選手や木村文子選手らのように世界で戦う選手に憧れます。2人のような陸上選手になりたいというよりは、自分らしく元気な走りで、陸上の楽しさを伝えられたらいいと思っています。

 

「毎日が刺激」

 

――4月から東邦銀行に就職し、新生活をスタートしました。東邦銀行に進まれたきっかけは?

広沢真愛(ひろさわ・まえ) 1997年6月8日、東京都出身。東邦銀行所属。星稜中、八王子学園八王子高を経て、日本体育大に進学。大学3年時に日本選手権400mで2位に入り、日本インカレでは4冠を達成した。4年時のアジア選手権では400mで4位、4×400mリレーで銅メダルを獲得した。20年4月、東邦銀行に入行。400mの自己ベストは53秒27。身長160cm。

広沢真愛: 私自身、卒業後も陸上を続けたいと思っており、かつ働きながら社会人としても成長していきたいと考えていました。学生時代から東邦銀行の選手やチームと対戦する機会も多かったんです。昨年の日本陸上競技連盟の女子リレープロジェクトでは、吉田(真希子)コーチや東邦銀行の先輩方と一緒にトレーニングをする機会もありました。東邦銀行からは昨年のインカレで声を掛けていただき、入行を決めました。

 

――陸上部の川本監督は福島大学の監督時代から千葉麻美選手、青木沙弥佳選手など数々の日本代表選手を育ててきました。

広沢: 技術面でも細かく指導していただき、“こういう考え方もあるんだな”と日々発見ばかりです。

 

――現在も東邦銀行は青木選手、紫村仁美選手ら日本代表する選手を多く抱えています。女子陸上界では日本トップクラスの環境は刺激も多いですか?

広沢: はい。大学時代よりさらにレベルが上がり、先輩方の考え方やトレーニングに対する姿勢はとても勉強になる。毎日が刺激になっています。

 

――大学4年時に取材を受けた『キラボシ!』での反響は?

広沢: いろいろな人が見てくださって、「感動したよ」と言っていただけました。正直、自分は泣いてばかりで恥ずかしい部分もありました。でも放送を見て、「応援したくなった」と言われ、とてもありがたかったです。

 

――日体大では大村総監督の指導を受けました。大学3年時はインカレ4冠、日本選手権の400mは2位に入りました。大学4年ではアジア選手権の400mで4位、マイルリレーでは銅メダルを獲得しました。高校時代に比べ、大きく飛躍した印象があります。

広沢: それは間違いないですね。大村総監督には、ひとつひとつ細かく指導していただき、陸上に対する考え方の基盤ができたと思います。

 

――同期の湯淺選手は「走る練習が少ない」とおっしゃっていました。そこに対する戸惑いは?

広沢: 1年生の頃はトレーニングをやっているだけになっていた部分もありました。ただ練習を毎日繰り返していくうちに、それぞれの狙いや意味がわかるようになってきた。2年生からは成長を実感できるようになっていきました。

 

――1年1年、成長を実感する中で、3年時のインカレでは200mと400mの個人種目に加え、4継とマイルリレーでも優勝しました。

広沢: もちろん個人種目で表彰台は狙っていましたが、自分でもまさか4冠を獲れるとは思っていませんでした。

 

一番濃い4年間

 

――その後はケガで苦しんでいました。

広沢: 3年のインカレ後は自分の中でも頑張りたいけど、頑張れないという時期が続いていました。冬季練習をあまり積めなかったことも大きかった。迎えた4月のアジア選手権は調子が上がらない中でも4位、リレーで3位に入ることができました。ただ、その大会で右アキレス腱を痛めてしまったんです。

 

(写真:時には競い、時には励まし合い成長してきた2人 @BS11)

――結果が出ないことで、悩んだことも?

広沢: はい。ここまでケガで苦しんだことはなかった。正直、陸上を辞めたいと思うこともありました。

 

――そんな時、支えになったのは?

広沢: 同期の湯淺が前を向いて頑張っている姿は励みになりました。リレープロジェクトで一緒になった先輩方など、いろいろな方に温かい声を掛けていただき、“また頑張りたい”と思えるようになりました。

 

――中でも湯淺選手の存在は大きかったのでは?

広沢: ええ。湯淺は陸上面で誰にもひけをとらないスタートの速さを持っている。誰よりもパワーがあり、それは一緒に練習をしていても強く感じました。“私も負けていられないな”と思い、刺激にもなりました。人間的にも陸上部のキャプテンとして、周りを見て、目配り、気配りができていた。自分とは真逆なので、互いの良いところを持ち寄って成長できたかなと思っています。

 

――湯淺選手はライバル、仲間、親友のどれにあたりますか?

広沢: 全部です。どれかひとつには選べないほど大きな存在ですね。

 

――大村総監督、湯淺選手との出会いを含め、大学時代の4年間は特別なものだった?

広沢: これまで生きてきた中で、一番濃い4年間だったと感じます。良いことも嫌なこともありました。今となってはいい経験だったなと思えますし、この経験を今後の成長に繋げたいと思っています。

 

――今後の目標は?

広沢: これからは社会人なので、人としても社会人としても成長していきたい。陸上を始める子どもたちのよき見本となれるような選手になりたいです。

 

 BS11のスポーツドキュメンタリー番組『キラボシ!』は、毎週日曜18時30分に放送しています。今回紹介した湯淺佳那子選手と広沢真愛選手の日本体育大学時代の特集は現在オンデマンド配信中(6月14日迄)。ぜひご視聴ください!


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