第698回 粘り強さこそが真骨頂(北別府学)
広島で球団史上最多の213勝をあげた北別府学はブロガーとしても知られている。
現在、北別府は成人T細胞白血病の治療のため入院しているが、4月8日のブログで4月中旬に予定されていた骨髄移植が延期になった経緯を説明していた。
<白血病の治療で最も難しいのは移植後の予後らしいです。抗がん剤や新しい薬などの投与も全てうまく行き順調でしたが、予後にゴールデンウィークがあり検査機関などがストップする。このコロナウイルスというやつも世の中にいるなどのことからゴールデンウィーク明けの移植がベターではないかということになったようです>
新型コロナウイルスの感染拡大は、医療現場にも濃い影を落としているのだ。
北別府が<皆様へ>と題したブログで、成人T細胞白血病にかかっていることを公表したのは今年1月20日のことだった。
<この診断がくだったあと、暫くは何も手が付かない状態でしたが、年が明けてからやっと仕事の関係各位様にお知らせを済ませることが出来まして、それから少し気持ちも落ち着いてきました>
ブログによると、発病を知ったのは2年前だという。その間、テレビ局や球場で何度かお会いする機会があった。顔色も悪くなく、元気そうに見えたのでびっくりしたものだ。
現役時代の北別府は「精密機械」の異名をとるほどコントロールのいいピッチャーだった。
バッテリーを組んでいた達川光男は「ボールの縫い目ひとつで勝負していた」と語ったものだ。
縫い目ひとつと言えばミリ単位である。そんなことができるのか。
北別府本人に質すと、「それは達川さんが大ゲサに言うたんでしょうけど、常にボールの半分か、半分の半分くらいで勝負していましたよ」と涼しい顔で答えたものだ。
巨人のエース江川卓との投げ合いは見応えがあった。江川が剛なら北別府は柔。調子を測る江川のバロメーターが三振の数なら、北別府は内野ゴロの数だった。打たせてとるピッチングを芸術の域にまで高めた男――それが北別府だった。
ランナーを貯めても、北別府が動じることはなかった。シュートやスライダーをコースギリギリに配し、併殺で難を逃れた。粘り強いピッチングこそは北別府の真骨頂だった。
「この病気は治療に根気がいるんです。よくなったり悪くなったりの繰り返し。いきなり階段を3段とばしに上がるようによくならない。あれだけマウンドで粘り強かった北別府さんなら闘え抜けると思いますよ」
そう語ったのは巨人や西武、中日などでプレーした鈴木康友だ。四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでコーチをしていた鈴木が体に異変を感じたのは3年前の夏。検査の結果、骨髄異形成症候群と診断された。
一昨年3月にさい帯血移植手術を受け、現在は取材でキャンプ地を訪れるほどに回復している。広島のレジェンドの解説席復帰を、多くのファンが待っている。
<この原稿は2020年5月24日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>