東京都知事選で再選を果たした小池百合子都知事のオリパラに関する選挙公約は「簡素化」だった。「費用を縮減し、都民や国民の理解が得られるように進めていく」。とはいえ、開催するにしても中止するにしても、その権限は開催都市にはない。全てはIOCの胸三寸だ。

 

 1年延期に伴う3000億円ともいわれる追加費用についても、誰がどれだけ負担するのか、まだ何も決まっていない。IOCは6.5億ドル(約702億円)の資金援助を一方的に発表したが、組織委との話し合いの末に決まったわけではない。「ウチはこれだけ。後は頼む」。そんな風情だ。

 

 数字がひとり歩きしているのも気になる。そもそも3000億円という数字に根拠はあるのか。その点を質すと、組織委の幹部は「それは今、精査している段階」と言い、こう続けた。「仮に3000億円としましょうか。IOCが1000億円、組織委が1000億円、都が1000億円というのもひとつの案。そういう大岡裁きがあってもいい」。問題は世界に名奉行・大岡忠相がいるか、だ。

 

 1週間前にも書いたが、都知事選を前に都の「貯金」とも言える財政調整基金は、ほぼ底を突いてしまった。パンデミックの終息が見通せない中、都知事選前には「中止」と「再延期」を求める声が59%に達する(朝日新聞調査)など都民のオリパラに向けられる視線は日に日に厳しくなりつつある。追加負担に応じるかたちでの公費投入は避けられないものの、その額次第では、スタートしたばかりの2期目の小池都政に逆風が吹きかねない。

 

 このところ、先の「簡素化」というキーワードにつられるようにして「オリンピックは原点に戻るべきだ」という声をよく耳にする。原点とは何か。たとえば1896年にアテネで開催された近代五輪の第1回大会に女性アスリートは参加していない。再び男性だけの大会に戻せというのか。

 

 時計の針を元に戻すことはできない。小池知事の公約にあった「簡素化」「合理化」「縮減」といった言葉は、才覚のない経営者でも呪文のように「リストラ」とさえ唱えておけば、どうにか立ち回れたバブル崩壊後を思い出させる。気の利いたフレーズを武器に“ガラスの天井”に挑み続けた小池さんらしくない。こういう鬱屈とした日々だからこそ、「新しい価値」を提案してもらいたい。

 

<この原稿は20年7月8日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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