コロナ禍で迎えた今季、昨季より23も少ない120という試合数から、開幕前には日本球界初の4割打者誕生に期待する声が、少なからずあった。

 

 7月20日現在、両リーグでただひとり打率を4割台(4割3分4厘)に乗せているのが「終わった選手」だと見られていた広島の堂林翔太であることに驚いている。出塁率4割7分2厘もリーグトップ。その昔、「春の珍事」というタイトルの映画があったが、「夏の珍事」と言ったら本人は怒るだろうか。

 

 周知のように堂林は中京大中京(愛知)の「エース4番」で全国優勝を果たし、2010年に広島に入団した。ブレークしたのは3年目の12年である。144試合に出場し、14本塁打をマークしたのだ。この年のオールスターゲームには、球団野手史上最年少の20歳で出場した。ニックネームは甘いマスク由来の「プリンス」。前途洋々のはずだった。

 

 ところが、である。翌年から徐々に試合数が減っていき、いつの間にか忘れ去られた存在に。16年から18年までのリーグ3連覇も、彼は蚊帳の外だった。昨季は28試合に出場し、本塁打0、打点2。追い込まれるとボールになる外角の変化球に手を出し、無様な三振を繰り返した。ある球団の投手コーチは「堂林にストライクはいらない」と語っていた。

 

 その堂林、今季は開幕から水を得た魚ならぬ鯉のような暴れっぷりである。プリンス復活どころか、キング(首位打者)の座すら狙えそうな勢いだ。

 

 カープファンの中には「監督が緒方(孝市)から佐々岡(真司)に代わってなかったら、堂林の復活はなかったじゃろう」と小声で話す者もいる。私もそう思う。だからといって前任者を責めるのは筋違いだ。昨季までの不甲斐ない打撃内容を見ていたら、誰だって積極的に使う気にはなれないだろう。

 

 要は不遇の季節にあってもクサることなく、よく辛抱したということだ。なけなしのプライドを捨て、後輩の鈴木誠也に“弟子入り”もした。“韓信のまたくぐり”のようなエピソードである。

 

 ふと考える。プロ野球の世界において、水の与え方次第で生き返る魚は、堂林の他にも一定数いるのではないだろうか。いや、それはプロ野球に限った話ではない。もしかすると御社にも…。

 

<この原稿は20年7月22日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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