プロ野球における無観客試合のよさは、ナマの打球音が球場中に響き渡ることである。

 

 

 強打者の打球音は、例外なく甲高い。「ガーン」ではなく「カーン」なのだ。まるで金属バットで打っているような錯覚にとらわれる。大観衆の球場では、聞き取ることのできない音だ。

 

 強打者がボールをとらえ、スタンドに飛び込むまでを追った高性能カメラによる一連の映像を見たことがある。驚いたことに球体のはずのボールが、バットに当たった瞬間、モチのようにグニャッとへこんでいるのだ。バットを入れる理想の角度は、ボールの芯のやや下あたりか。

 

 バットに弾かれ、空中に舞い上がったへこんだボールは、徐々に丸みを帯び、やがて元の球体に戻る。すなわち、その復元力こそが飛距離の源なのだ。

 

 私が目にした中で、ボールを最もへこませていたのは、近鉄時代のラルフ・ブライアントだ。それだけスイングスピードが速かったということだろう。

 

 近鉄時代は3度のホームラン王にして5度の三振王。

 

 1989年秋、近鉄からドラフト1位指名された直後の野茂英雄(新日鉄堺)に、「近鉄で知っている選手は」と聞くと、間髪入れずに「ブライアント」と答えたものだ。

 

「あのスイングは凄いですね。対戦できなくて残念です」

 

 ブライアントと言えば忘れられないのが、1989年10月12日、西武戦ダブルヘッダーでの4連発だ。ダブルヘッダーに連勝した近鉄は9年ぶりのリーグ優勝に近付いた。

 

 とりわけ印象に残っているのが、1戦目の8回に渡辺久信から放った3本目だ。高めのボール球を強引にライトスタンドに叩き込んだ。渡辺によると、これまでは打たれたことのないコースだったという。これにより近鉄は6対5で勝利した。

 

 勢いに乗るブライアントは2試合目も3回に高山郁夫から49号を放ち、これで4連発。近鉄は14対4で西武に圧勝した。

 

 ブライアントの打球が、いかに強烈だったか。西武時代の鹿取義隆は「死ぬ思いを味わった」という。

 

「1度、ピッチャー返しをされたことがあるんです。“来たっ!”と思って、グラブを差し出したら、打球は股の下をズバーッと通り抜けていった。その時、大げさでなく急所に風圧を感じました。もし、打球が直撃していたら……。思い出すと、今でも冷や汗が出てきます」

 

 ドサッと札束を積まれても、こんな経験はしたくない。

 

<この原稿は2020年7月31日・8月7日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

 


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