(写真:いつもと違う静かな稲村ヶ崎周辺のビーチ)

 今年は海水浴場が開場されない。

 そんなビーチが日本全国に数多くある。

 海水浴場が開かれていないので、安全管理はされていない。「なのに海に行く不届き者がいてけしからん!」というような話をネットやメディアで目にするようになった。そして水の事故も増えている。

 

 ちょっと待って!

 海は海水浴場がなければ泳げないの?

 そもそも海は誰のものなのか?

 

 これまで、日本では夏場になると海水浴場が開設され、そこで泳ぐというのが当たり前の習慣になっていた。海外では常設的に沿岸にレストランがあったりするものの、日本のようにシーズンになると仮設物が沢山でき、人々が賑わう姿はあまり見られない。これはどんな仕掛けになっているのか?

 

 まず海は基本的に日本国のもの。プライベートな土地でない限り、山や海は公共のものだ。つまり誰でも入れるし、踏み入れることを禁じるにはそれなりの理由がなければならない。

 さらに、その公共のエリアを管理するのは自治体。国に代わり、そのエリアの景観や安全などを維持管理している。つまり、公共のものである海は誰でもアクセスできる。それを禁じるのは法的にハードルが多い。

 

 海水浴場組合が夏の間に開設する海水浴場は、海水浴場組合が自治体に許可を申請し、その土地での商売を承認されている。行政は海水浴場の安全管理や清掃などを条件とし、それに応えて組合がライフセーバー(LS)を手配するという構図で成り立ってきた。


 ところが今年はコロナ禍で、感染防止の観点から厳しい条件が行政から提示され、組合がそれでは開場できないと判断し、見送られたケースが多かった。そのためLSの手配もされていないという事態になってしまったのだ。

 

 先ほど説明したように、海水浴場の開場とは関係なく、海に入ることは禁じられるものではない。もっと言えば、夏でなくても海に入る人はいるわけで、それに関しても法的に何ら問題はない。もちろん、航路に指定されている港付近など、入水禁止区域はあるが、それ以外は365日、いつでも入ることができるのだ。

 

 今まで日本人には、「海水浴場=海のレジャー」という構図しかなかったので、この辺りの事情が理解されていない。海水浴場では、LSに安全管理を頼っていたが、当然彼らがいない時は自己責任、自己管理ということになる。その点を理解せず、いつもの感覚で海に入ると当然危険性は高まる。

 

 意識改革が必要

 

 また、海のレジャーも多様化している。海水浴以外にも、サーフィンやSUP(スタンドアップパドルボード)、ウインドサーフィン、水上バイクなどがあり、夏以外にも海に入る人が増えてきた。今や冬でも泳ぐ人だっている。夏だけ海で遊ぶという時代ではなくなってきたのは間違いない。

 このように海の使い方の変化と、従来の海水浴場安全管理方式とマッチしていないことが、今回、海水浴場が開設されなかったことで、顕在化したということなのだ。

 

 そのように考えると、「海水浴場がないのに泳いでいるのはけしからん」という批判は見当違いだし、海水浴場が開設されないからと、海の安全管理をしない行政にも問題がある。

 苦肉の策として、ビーチへの立ち入り禁止をお願いしたり、ガードマンを巡回したり、駐車場を閉鎖している行政もあるようだが、本当にそれでいいのだろうか。

 

 先に書いたように海は皆のものだ。誰もが海を使う権利を持っている。海水浴場という利用の仕方に収まらなくなったこれからは、どのように海の安全を管理していくのかあらためて考えていく必要がある。まずは組合からLSを頼むだけでなく、行政が海の管理者としてLSと連携していくことが必要だろう。海水浴場の利益のために安全管理するのではなく、正しい海のレジャーを促進するために安全管理をしていかなければならない。

 

 今回、神奈川県藤沢市では行政がLSと直接連携をとり、ビーチの安全管理を行っているという全国でも先進的な事例となっている。日本でも最も人出の多いビーチを抱えるこの地区は、海水浴場が開場されなくても毎日多くの人がやってくる。そこには西浜サーフライフセービングクラブ(西浜SLSC)のメンバーがマリンスポーツと海水浴者とのゾーン分けはもちろん、安全管理や指導を行っている。彼らは年間を通して活動しているために、地元サーファーやマリンスポーツ愛好家ともリレーションがあり、海の安全管理を担っている。このような事例は珍しいが、そろそろ「海水浴場=海のレジャー」という概念から脱する必要があるだろう。

 

 もちろん、海の利用者にも自覚が必要だ。「安全は誰かが守ってくれている」という今までの感覚を捨て、自分たちの安全は自分で守ると考えるべきだ。自然の中では山でも海でも当然のことなのだが、どうも日本では「誰か」に責任を押し付ける傾向がある。自然は素晴らしいが、時として恐ろしい。それを理解して付き合っていくことが必要だ。

 

 たとえば「海開き」や「山開き」は、「この時期から海、山がいい季節になります」ということを示している。初心者にとって、やはり冬の海はリスクが高い。慣れていない方が安全にレジャーを楽しむためには、海開きの時期を知ることも重要となる。ちなみに前出の西浜SLSCでは、藤沢市内の小中学校に、海での安全講習出前授業を行っている。今後は各地でこのような取り組みも必要になってくるだろう。

 

 つまり管理する側も、使う側も、意識変革が必要なのである。少しずつ変化の兆しはあったのだが、コロナ禍の海水浴場問題が、この変化を加速させたのだろう。いや、ある意味そのお陰で、海との新しい付き合い方を考える機会を得ることができたのだ。

 

 日本は海に囲まれている島国で海と共に生きている。もっとうまく海と生きていきたい。

 禁止をする、批判をするということではなく、海をもっと活用できる付き合い方を模索する時がきたのではないだろうか。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


◎バックナンバーはこちらから