プロ野球草創期に活躍した藤本定義といえば、巨人、阪神両球団で指揮を執ったただひとりの人物としても知られている。「伊予の古狸」のニックネームが示すように知略、知謀に長けていた。

 

 古狸ぶりを示して余りあるエピソードがある。以下は江夏豊から聞いた話。阪神入団1年目、江夏は球宴に出場し、3試合全てに登板した。全セの監督は巨人の川上哲治。事件は球宴明けの甲子園で起きた。「テツ!」大声の主は阪神率いる藤本。「何だと思ったら、川上さんがパッとこっちのベンチを見て、昔の軍隊みたいにダーッと走ってきて、帽子をとって挨拶するわけよ」。そこで藤本は川上を一喝する。「オマエ、ウチの若いのを潰す気か!」。最敬礼したまま、一言も発しない川上。江夏は我が目を疑った。「あれでおじいちゃんがすごい監督なんだとわかったよ。だって当時はプロ野球の歴史なんて知らんもの。でも、あとで考えたら、あれはおじいちゃんなりの駆け引きやったんやろうな」。

 

 今にして思えば、1年半前のこの出来事も高度な駆け引きだったのかもしれない。開幕を前にしてのNHKサンデースポーツ恒例の監督座談会。キャスターから質問が飛ぶ。「正直、〇〇と戦うのはイヤだ」。口火を切ったのは4年ぶりに巨人の監督に復帰した原辰徳。「僕はないです!」ときっぱり。そして、阪神監督の矢野燿大を向くなり、こう語気を強めたのだ。「4月から、そんなことで怯えてたら始まらないよね。やっぱりね!」。機先を制された矢野は「はい」と小声でうなずくしかなかった。

 

 実は矢野と東京ヤクルトの小川淳司は、3連覇を達成し4連覇を目指す広島の札に手をかけていた。その様子をNHKのカメラははっきりととらえていた。

 

 復帰早々リーグ優勝を果たし、今季は2位以下に影すら踏ませない原巨人。OBの中畑清は<ベンチも2位以下の5球団はジャイアンツ包囲網を張るべきだと思う。みんな巨人戦にエース級をぶつけてさ>(本紙9月22日付け)と包囲網の具体策にまで言及する。このままではセントラルの灯が消えかねないとの危機感が中畑にはある。

 

 幸いなことにプロ野球に“談合罪”はなく、“弱者連合”を組んだところでカルテルにはあたるまい。問題は5球団の監督の中に古狸がいないことだ。時に指揮官には政治力も必要なのだが…。

 

<この原稿は20年9月23日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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