今年のセ・リーグは巨人の独走である。10月7日現在、2位・阪神に13ゲーム差をつけている。原辰徳監督を支える元木大介ヘッドコーチの存在も大きいのではないか。選手にも監督にも「言うべきことは言う」スタンスを貫き、見事なつなぎ役を担っている。長嶋茂雄に「くせ者」と名付けられた男の原点に、2年前の原稿で迫る。

 

<この原稿は『ビッグコミックオリジナル』(小学館)2018年4月5日号に掲載されたものです>

 

 選抜高等学校野球大会、通称センバツが間もなく開幕する。今年は記念すべき第90回大会だ。

 

 長い歴史を誇るセンバツの中でも、劇的な幕切れという意味で、平成元年の決勝は忘れられない。

 

 東邦(愛知)対上宮(大阪)。2対1と勝ち越して迎えた延長10回裏、評判の強打者・元木大介を擁する上宮は先頭打者を死球で出すも次打者を併殺に仕留め、深紅の大旗にまで、いよいよあとひとり。

 

 だが、ここから勝負の歯車が逆回転を始める。2年生エースの宮田正直が四球を与え、ツーアウト一塁。続く打者が三遊間への内野安打でつなぎ一、二塁。長打が出れば、逆転サヨナラだ。

 

 迎えた打者は3番・原浩高。鈍い音を発してフラフラッと上がった打球はセンター前にポトリと落ちた。二塁ランナーの山中竜美が本塁に滑り込み、2対2の同点。

 

 ここで信じられないことが起きる。二、三塁間に挟まれた二塁ランナーがサード種田仁の二塁への悪送球の間に、一気に本塁を陥れたのだ。2対3。上宮にとっては悪夢のような逆転サヨナラ負けだった。ショートを守っていた元木大介は為す術がなかった。

 

 29年前の悲劇を、こう振り返る。

「ホームはクロスプレーで間一髪セーフ。二塁ランナーが飛び出していたので、キャッチャーはとりあえずサードに投げた。ところが慌てた種田がセカンドに投げたら、これがショートバウンドになってセカンドが捕れなかった。このボールがイレギュラーして、今度はライトが後逸しちゃったんです。その間、僕は何もできなかった。ダブルプレーが成立して2死無走者の段階で、“もう優勝だ”と確信していたのですが……」

 

 この大会、元木は、注目の「大型ショート」だった。初戦の市立柏(千葉)戦で2打席連続ホームラン。準々決勝の仙台育英戦でも好投手・大越基からホームランを放ち、甲子園での通算ホームランを4本にまで伸ばしていた。

 

 元木はこの年の夏の甲子園にも出場し、ホームランをもう2本加えた。通算6本塁打は、清原和博(PL学園)に次ぐ甲子園歴代2位タイである。

 

 パワーがあって、しかも好守。「10年にひとりの逸材」と騒がれた元木だが、彼にはもうひとつ別の顔があった。甘いマスクとは裏腹に、隠し球の名手なのである。

 

 甲子園で初めて隠し球を成功させたのは2年のセンバツだ。3回戦で優勝候補の高知商と対戦した。

 

 ピンチの場面で、ベースを離れた二塁ランナーにススッと近付き、ポンとタッチした。相手はキツネにつままれたような表情で茫然と立ち尽くしていた。試合は7対3で上宮が勝った。

 

 大変だったのは試合後だ。「卑怯なことを教えるな」「高校生らしくない」という苦情電話が上宮に殺到しているというのである。

 

 苦笑を浮かべて元木は言う。

「監督さんが“気にするな”というので、なんのことかと思ったら、僕の隠し球が原因で苦情の電話がかかりっぱなしだと言うんです。どうも、それ以来、高校野球では隠し球が禁止になったみたいなんです」

 

 後に巨人・長嶋茂雄監督が命名する「くせ者」の面目躍如である。

 

 少年の頃から巨人ファンだった元木は秋のドラフトでダイエーから1位指名を受けるが、これを拒否して浪人の道を選んだ。翌年、またもドラフト1位で巨人に入団する。

 

 高校では長距離砲として鳴らした元木だが、原辰徳や駒田徳広の飛距離を目の当たりにして、バイプレーヤーで生きる道を選択した。

 

「ホームラン10本打ってもここではレギュラーになれない。ならば“つなぎ役”をやろうと……」

 

 打っては右狙い、守ってはほとんどのポジションをこなした。そしてトレードマークの隠し球である。

 

 元木は公式戦で2度、隠し芸ならぬ隠し球を成功させている。

 

 最初は94年7月26日の阪神戦。4回1死二塁の場面で、二塁走者の久慈照嘉をアウトにした。投手は桑田真澄だった。

 

 2度目は97年6月26日の対横浜戦。0対0の8回無死一、二塁の場面。ショートの元木は「一塁コーチが見ていなかったので」とグラブの中に球を隠し持ち、離塁した二塁走者の鈴木尚典にそっとタッチした。この時の投手は斎藤雅樹。

 

 元木によると「ピッチャーの演技力無くして隠し球は成功しない」という。

「うまかったのは斎藤さんと桑田さん。プレートをまたいだり踏んだりしたらボークだけど、ランナーをだます為にギリギリを攻めるんです。2人とも素知らぬ顔でうまくとぼけてくれました。

 逆に下手だったのは槙原寛巳さん。急にマウンド上でうろうろし始めるんです。“それじゃランナーが(塁から)出てくれないぞ”と思って見ていると、急に振り返って“ボール返せ”だって。根が正直なんでしょうね」

 

 蛇足だが、元木はチームメートにまで隠し球をやっている。紅白戦でターゲットになったのは先輩の村田真一だった。

 

「“いい加減にしろ、オマエ。ぶっ飛ばすぞ!”すごい剣幕でした。皆、大笑いしていましたけどね」

 

 油断も隙もあったもんじゃない。いまの巨人に最も必要なタイプの選手かもしれない。


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