その選手の情報は限られている。ポジションはショート、甲子園出場経験なし。テスト生として入団し、1軍昇格に7年も要している。プロ通算48打席5安打9三振――。

 

 みなみらんぼう作詞作曲の隠れた名曲「野球人生」に登場する主人公のプロフィールだ。〽彼の過去を誰も知らない ア~野球人生 サビの部分に哀感がこもる。

 

 こなたのポジションはキャッチャー。甲子園出場経験あり。ドラフト4巡目で入団し、1年目から1軍に上がり、プロ通算19年で4900打席1022安打。ベストナインとゴールデングラブ賞をそれぞれ1回ずつ受賞。プロでは功成り名遂げた部類に入る選手といっていいだろう。

 

 広島一筋、41歳の石原慶幸が今季限りでの引退を発表した。今季は左脚を負傷するなどして3試合の出場にとどまっていた。チームにすれば世代交代の潮時か。

 

 キャッチャーのことはキャッチャーに訊け。石原を誰よりも評価していたのが09年の第2回WBCで侍ジャパンの総合コーチを務めた伊東勤だ。石原は城島健司、阿部慎之助に次ぐ3番手ながら、原辰徳監督をはじめとする首脳陣の信頼を得ていた。「キャッチング、スローイング、ワンバウンドを止める技術、ブロッキングも含めて守備の安定感はナンバーワン」と伊東。19年間のプロ生活でリーグ優勝3回。WBCでは世界一も経験した。ハタから見れば幸せな野球人生である。

 

 プロ野球選手会の調査によると平均選手寿命は約9年、平均引退年齢は約29歳。指導者や球団職員として球界に残れるのは、ほんの一握り。石原のように引退セレモニーまで用意してもらえるのは稀少だ。

 

 コロナ禍の今年、シーズン終了後に球団は、さらなる経営悪化を防ぐため固定費の削減に乗り出すだろう。プロ野球の場合、固定費の中でも選手年俸を含めた人件費の占める割合が極めて高い。二次的効果として移動費や宿泊費の抑制につなげることもできる。

 

 本来、リストラとコストカット、人減らしは似て非なるもののはずだが、複数の経営幹部に聞くと、「今年に限っては別」との声が多い。背に腹は代えられない、ということか。

 

 先の「野球人生」の主人公は<行くあてもないまま>プロ野球を去るのだが、その後<少年野球の名物アンパイヤ>になったところを見ると、それなりに幸せな野球人生を送ったのだろう。そうであって欲しい。

 

<この原稿は20年10月14日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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