F1チームスクーデリア・アルファタウリ・ホンダとパートナーシップを結ぶなどモータースポーツ事業を始め、様々な分野のプロダクト開発、素材研究、データ解析、工業デザインなどに関わる株式会社RDSは技術力とデザイン力を生かし、パラスポーツ用具の技術開発も行っている。パラリンピック2大会(2014年ソチ、2018年平昌)で日本代表選手に技術提供し、金メダルを含む7個のメダル獲得に貢献した。陸上競技用車いす(レーサー)の開発にも着手しており、来年夏に開催予定の東京パラリンピックに向けたプロジェクトを進めている。杉原行里代表取締役社長にテクロノジーがもたらす未来について訊いた。

 

伊藤数子: 2008年に入社された際、まずは自社の強みは何だろうかと分析されたそうですね。

杉原行里: 自社を分析した時に、自社には優秀な人材が揃っていることに加え、ファクトリーを持っているところが大きいと感じました。まずはつくってトライ&エラーをしながら、“机上の空論”で終わらないようにしています。プレゼンテーションでは完成予想図や設計図を見せるよりも実物を見せた方が分かりやすいですから。中小企業ならではのスピード感を大事にしています。

 

二宮清純: こちらのオフィスにも競技用車いす(レーサー)などカッコイイ製品が並んでいますね。そのまま外へ走り出したくなるようなデザインです。

杉原: ありがとうございます。会社のフィロソフィーが「カッコイイは正義」ですから。パラスポーツや、福祉の用具や製品は、選手や利用者にとって選択肢があまりにも少ないと感じています。「とりあえず、これまで通りでいいや」と、枠に収めてしまう感が強い。私は様々な選択肢が必要だと思っているんです。

 

二宮: 「パラスポーツや障がいのある人ための製品づくりは、日本が抱える超高齢社会の課題解決にも繋がる」と言われています。

杉原: 私の母も今や高齢者と呼ばれる年齢です。骨粗鬆症を患っているので、いずれ歩行に困難をきたすことが予想されます。「母親に今の車いすは乗せたくない」との思いから、高齢社会を身近なことと捉えるようになる。それを私は“自分ゴト化”と呼んでいます。皆さんもいつかは年齢を重ねていくことで、どこかが不自由になっていくかもしれない。そうなった時に多様な製品を選べるようにしたいと考えています。

 

“隠したい”から“見せたい”へ

 

伊藤: 御社がパラスポーツと関わるようになったきっかけは、チェアスキーの森井大輝選手との出会いですね。

杉原: そうですね。障がいのある人たちと関わるきっかけは2013年にドライカーボン松葉杖をつくったことです。従来の松葉杖はリハビリを想定してつくっていて、一時的な利用と捉えているものが多かった。それは間違っている。一生涯使えるもの、個人所有を目的としたものが必要です。松葉杖ユーザーに聞いても、同じ意見の方が多かった。だから「使ってみたい」と思える松葉杖をつくったんです。

 

二宮: ドライカーボン松葉杖はどのような特徴が?

杉原: 重さは従来のアルミ製品の3分の1にし、体への負担を軽減しました。デザインにもこだわり、“隠したい”という感覚から“見せたい”へという所有欲を満たすモノにしたんです。

 

二宮: ドライカーボン松葉杖はグッドデザイン賞で金賞を受賞しました。思わず誰かに自慢したくなる松葉杖ということですね。

杉原: はい。この松葉杖を知った森井選手が私にコンタクトを取ってきたんです。彼は情熱の塊のような人です。その人柄に打たれ、初めてパラスポーツに関わるようになりました。チェアスキーには座シート、背シートがあり、選手はギア(用具)と一体にならなければいけません。それまでの森井選手は一体となっているつもりでしたが、データを解析していくうちに、ズレが生じていることに気付いたんです。それは選手の感覚に任せてしまい、エンジニアとデータを共有できていなかったからだと思うんです。

 

二宮: 選手の感覚とエンジニアが弾き出したデータを照合し、より深い対話をすることが必要だったわけですね。

杉原: そうです。彼らの感覚を数値化しなければ、きちんとした対話ができませんからね。私たちはモータースポーツにも関わっているのですが、モータースポーツではエンジニアとドライバーの深い信頼関係が成り立っている。チェアスキーは雪上のF1と言われています。同じようにエンジニアとの信頼関係がすごく大事。選手の感覚は大事ですが、双方が情報を共有しながら突き詰めていくことで、いいモノがつくれると確信したんです。2014年ソチパラリンピックは森井選手の座シートの開発を担当しました。結果はスーパー大回転で銀メダルでした。

 

伊藤: それ以降、継続してサポートしているのですね

杉原: 平昌パラリンピックでは、森井選手をはじめ村岡桃佳選手、夏目堅司選手の3名に用具を供給するなどサポートをさせていただきました。この時は座シートやカウル(カバー)のデザインに加え、データ解析を行いました。結果として、平昌では村岡選手が金メダルを含む5個のメダル、森井選手は銀メダルを獲得しました。

 

二宮: 御社はパラスポーツのサポートをしながら、社会に貢献していきたいというお考えですね。

杉原: その通りです。1980年代、フェラーリが安全性向上やシフト操作に要する時間を短縮する目的でパドルシフトを開発しました。元々はF1用に開発されたパドルシフトは、一般車の技術に転用したおかげで、車いす利用者や足が不自由な人でも手動でシフトチェンジできるようになった。フェラーリは世界で一番速くなることを目指しながら、社会貢献にも繋がった。パラリンピックを通じ、それと同じようなことを私たちも目指しています。

 

(後編につづく)

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杉原行里(すぎはら・あんり)プロフィール>

株式会社RDS代表取締役社長。1982年5月7日、埼玉県出身。イギリスの全寮制高校を経て、イギリスの「Ravensbourne University」にてプロダクトデザインを専攻した。2008年、RDSに入社。プロデュースを手掛けた「ドライカーボン松葉杖」が2013年度グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)を受賞した。冬季パラリンピックに出場した森井大輝、村岡桃佳、夏目堅司にチェアスキーのシートやカウルなどを提供。伊藤智也の競技用車いす開発のプロジェクトリーダーを担当。2018年、RDS社長に就任。WEBメディア「HERO X」の編集長を兼ねており、「世界で一番、ボーダーレスなメディア」を掲げ、メディカル、テクノロジー、スポーツという3つのキーワードで情報発信を展開している。イタリアで開催される世界最高峰の国際デザインコンペティション「A’ Design Award & Competition 2020」において、エントリーされた3つの製品が全て入賞。高性能でカスタマイズ可能な車いす「RDS WF01」はカテゴリー最優秀賞となるプラチナを獲得、また「GOOD DESIGN AWARD2020」ではRDSの4作品が入賞した。

 

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