伊藤数子: 御社は冬だけでなく、夏のパラスポーツでも用具開発を行っています。既に車いす陸上の伊藤智也選手と東京パラリンピックに向けた陸上競技用車いす(レーサー)を開発するプロジェクトをスタートしているそうですね。

杉原行里: 伊藤選手とは2016年にサイバスロンという大会で出会いました。当時彼は55歳。現役を引退していましたが、まだ戦っている目をしていました。だから私は「伊藤さん、一緒にやる?」と東京パラリンピックを目指さないかと誘ったんです。

 

二宮清純: その出会いが現在のプロジェクトに繋がっているんですね。

杉原: そうですね。その時に伊藤選手と話し、「金メダル獲得だけが目的じゃない」というコンセプトでプロジェクトをスタートさせようと決めました。ギア開発で培ったテクノロジーをいかに一般社会に付与するかがテーマです。

 

二宮: ともあれ、55歳での復帰は多くの人に勇気を与えますね。

杉原: はい。伊藤選手は当時経営していたラーメン屋を畳んでまで、このプロジェクトに懸けてくれています。だから私もとことんやろうと決意しました。伊藤選手とは2016年秋に出会いましたが、マシン開発に着手したのは2019年でした。2年半の間、マシン開発をしなかった理由は、伊藤選手との共通言語を探すことがメインだったからです。シミュミレーター(写真)を使い、伊藤選手のデータを集めました。モーションキャプチャーも駆使し、何百、何千通りのデータを取ると、ひとつの数式がはじき出される。そこから伊藤選手が力を最大限に発揮するためのレーサー開発に繋げました。

 

伊藤: 昨年の世界選手権で伊藤選手は、3種目(100、400、1500メートル)でメダルを獲得し、東京パラリンピックの日本代表に内定しました。

杉原: まだまだこんなもんじゃないですよ。私たちは本番で圧倒的に勝つことを目指しています。白髪混じりのおじさんが、ヘルメットを投げて喜ぶところまでシミューレーションしているんです。伊藤選手は昨年の世界選手権を振り返り、スタートラインに並んだ時点で「レーサーがカッコイイから気持ちで勝っていた」と言っていました。

 

二宮: それは大事なことですね。例えば、パーティーには自分に合ったお洒落をしていった方が自分に自信が持てますよね。

杉原: そうですね。“見せたい”と思えるような製品づくりにも注力していきたいと考えています。これからはパラスポーツの見方も多様になっていくと思うんです。例えば車いす陸上では選手、競技自体を応援するだけではなく、マシンのコンストラクターズ(製造チーム)が注目されるようになる。マシン開発で培われたテクノロジーが一般社会にどう落とし込めるかという角度から見ることもできるはずです。スポーツは世界を変えるひとつのきっかけになると思っています。パラスポーツに関するモノづくりが、社会を変革する力になると信じています。

 

「未来は楽しい」

 

二宮: 福祉というと人に施すようなイメージがあります。外国は福祉をもっと楽しんでいるように感じます。

杉原: それは私も感じますね。9年ほどイギリスで暮らしていましたが、困っている人には声をかけるし、困っている人も声をかけられ慣れているんですよ。カッコイイ車いすに乗っていると、イギリスでは「乗らせてよ」と話しかけられます。

 

二宮: 今後はどのようなモノづくりを考えていますか?

杉原: 私たちがやろうとしているのは未知と既知との掛け算。人が驚き、意味があるようなモノづくりをしたいと思っています。ただ意味を全面に出したくはないです。

 

伊藤: その意志を御社の製品から感じます。

杉原: それはうれしいですね。決して押しつけがましいプロダクトにならないようにしたいと思っています。特定のユーザーに向けたモノづくりはしたくない。「車いす」という呼び方も正直やめたいですね。これからは「パーソナルモビリティ」です。足の不自由な人だけでなく、みんなが乗りたいと思えるモノであれば、ビジネスとしても日本の1億2000万人、世界の70億人を相手にできますからね。

 

二宮: 可能性は広がりますね。

杉原: はい。未来は楽しい。私は物事を決める時、自分を毎回映画の主人公に見立てて考え、難しい方を選ぶようにしています。それはハードな選択肢を選んだ方が、面白い未来をつくれると思っているからです。今後は新たなプロダクトを世に提供し、パーソナライズの文化を醸成していきたい。私は「ユニバーサルデザイン」という言葉は十分に役割を果たし、当たり前だと思えるほど浸透したと思います。だからこそ、これからはパーソナライズの時代に入っていく。私たちはモノづくりを通して、多様な選択肢を提示したい。それが多様性を受け入れられる社会の創出に繋がるはずだと思っています。

 

(おわり)

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杉原行里(すぎはら・あんり)プロフィール>

株式会社RDS代表取締役社長。1982年5月7日、埼玉県出身。イギリスの全寮制高校を経て、イギリスの「Ravensbourne University」にてプロダクトデザインを専攻した。2008年、RDSに入社。プロデュースを手掛けた「ドライカーボン松葉杖」が2013年度グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)を受賞した。冬季パラリンピックに出場した森井大輝、村岡桃佳、夏目堅司にチェアスキーのシートやカウルなどを提供。伊藤智也の競技用車いす開発のプロジェクトリーダーを担当。2018年、RDS社長に就任。WEBメディア「HERO X」の編集長を兼ねており、「世界で一番、ボーダーレスなメディア」を掲げ、メディカル、テクノロジー、スポーツという3つのキーワードで情報発信を展開している。イタリアで開催される世界最高峰の国際デザインコンペティション「A’ Design Award & Competition 2020」において、エントリーされた3つの製品が全て入賞。高性能でカスタマイズ可能な車いす「RDS WF01」はカテゴリー最優秀賞となるプラチナを獲得、また「GOOD DESIGN AWARD2020」ではRDSの4作品が入賞した。

 

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