(写真:五輪シンボルとクーベルタン男爵。彼なら今、どんな発言をするのか…)

 1年延期された東京オリンピック・パラリンピック大会。

 この夏までは「感染拡大が収束しないのに、開催は難しいのでは」というムードが強かったが、秋になりIOCも組織委員会もさらに世論も、「簡素化し、経費を節減して開催しよう」との空気感になってきた。

 

 これにはいくつか理由があるが、もっとも影響しているのは世界各地で再開されているスポーツの現状であろう。欧州での3000kmを走ったツール・ド・フランスやサッカーの各国リーグ戦、アメリカでは大リーグやNBAなどが、選手・関係者を隔離したまま開催する「バブル方式」や無観客といった様々な工夫を取り入れて行われている。

 

 日本ではプロ野球や大相撲、Jリーグなども、感染防止対策を講じながら大会が再開してきているし、イベントの人数制限緩和も進んでいるところ。工夫をすれば、スポーツやイベントはできるのだという空気感が醸成され始めていることは大きな進歩であると感じる。

 

 そしてもう1つの裏事情として、IOCやIF(International Federation:国際競技団体)の経済的な事情も無視できない。いまや五輪よって潤沢な資金を得ているIOCが、収入の9割をIFや各国の国内オリンピック委員会(NOC)に配布していることは意外に知られていない。つまり五輪の開催はIOCを豊かにすることはもちろんだが、それ以上に各競技団体やNOCを支えているということだ。

 

 競技団体を5段階にランク付けし、上位ランクの競技団体はリオデジャネイロ大会時で4500万ドルが配布されたと言われている。大会を開催しなければ、当然このお金は無くなるわけで、大会中止はIOCよりもIFやNOCに大きな打撃となる。陸上や水泳などの集客できる競技はともかく、マイナー競技にとって致命的となる可能性もある。またNOCもその国の経済事情で、運営が厳しい国もあり生命線になっているところもある。つまり、大会中止はマイナースポーツや、経済的に豊かでない国のスポーツの息の根を止めかねず、こういった懸念も少なからず働いていると考えられる。

 

 ともあれ、少しずつ光が見えてきたオリパラ。先日IOCと大会組織委員会で開催経費削減計画を作成し、300億円程度削減できるということが発表された。これに対し、「少ない」、「聖域に踏み込んだ計画」などと、いろいろな声があるようだ。私はこの一連の報道には2つの違和感がある。まず、1つ目はせっかくの五輪改革の機会に、思い切った策が打てていないという点だ。

 

 コロナ禍で世の中は大きく変化し、恐らく収束後も完全に元に戻ることはないだろう。それは良い悪いではなく、世の中が変わるタイミングであったということ。働き方も、人との付き合い方も、人生の価値観も、変化する時である。そんな時代の変化に五輪もついていかなければならない。

 

 ピエール・ド・クーベルタンが近代五輪を始めてから、いくつも変革期があった。現在の商業的モデルは1984年のピーター・ユベロス氏がロサンゼルス大会で作ったものがベースとなっていると言われる。それまでファイナンス的に苦労していた五輪を救ったこの方式はどんどん膨れ上がり、大きなお金が動き、地球上最高のスポーツイベントになった。商業主義は時代が要請したものであり、否定はしない。だが今は、更なる変革を時代が要請している。

 

 大きくて豪華な大会だけが今後の五輪ではないはず。もっとメリハリをつけた大会開催が望まれている。もちろん感染防止の側面もあるが、それ以上に時代が簡素化に傾いてきていることを無視できない。だから五輪も変わるタイミングなのだが、まだ目先の変更に終わっている感がある。もっと本質的な変革に取り組むべきだ。開閉会式や、競技役員数やその経費など、大会の方向性にも影響するところまで踏み込むチャンスだし、それこそが東京が作り出し、五輪の新しいモデルとなるはず。

 

 勇気と希望をもたらす大会に

 

 そしてもう1つの違和感は、金額のみが注目されることだ。

 経費を減らすだけが大会にとって大事なわけではない。しかし現状では「お金が安くなればいい」という雰囲気がある。無論、経済的な側面を無視して進めろというわけではないが、それだけが前に出てくる論調に違和感を覚えるのだ。

 

 今一度、なんのためにオリパラをやるのか。そのために何をしなければならないのか。本来の目的にかなう運営こそが大切で、お金はそれを支えるもの。開催意義やそのための方法を残しながら何を削るのかの議論があまりに欠如している。64年の東京大会の記憶は、多くの方に引き継がれた。当時とは経済状況も国民感情も異なるが、世界から集まるスポーツの姿は大きな影響を残してくれるはず。そのために今からできることは何か。経費節減はこれと並行して行われなければならない。

 

 1920年のアントワープ大会が、第一次世界大戦からわずか2年、またスペイン風邪の流行後という状況の中、戦火のひどかったベルギーで開催されたことから、世界の「連帯と復興」の象徴となった。東京2020大会は、それから100年後の大会。コロナ禍において世界が苦しむ中で、大会開催する意義を、今一度議論し、示されることが重要だろう。

 

 その上で、安全・安心な環境を提供することを最優先課題とし、費用を最小化しながらも、アスリートや子供たちなどの期待に応えながら、国民から理解と共感を得られる形で開催につなげていくことが必要だ。

 

 全米オープンテニスでの大阪なおみ選手の活躍は見ているものに大きな力を与えてくれた。この状況下でも、いやこの状況だからこそ「スポーツの力」は人々に勇気と希望をもたらしてくれる。

 

 東京大会が、世界の絆による希望の大会となり、新たな歴史のスタートになることを期待してやまない。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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