先月の当欄で埼玉西武がチーム全体で取り組む「栄養学」について紹介しました。近年はプロ野球を目指すアマチュア野球、特に高校野球で「食育」が注目されています。


 3年前、17年12月1日に開催された<朝日新聞スポーツシンポジウム「高校野球と食事」(朝日新聞社主催、日本高校野球連盟後援、全国農業協同組合連合会協力)>で、日大三高(東京)の小倉全由監督は自校での食への取り組みについて、こう述べました。

 

<「学校の生徒食堂で野球部の食事をカロリー計算をして出してもらっています。いい体を作るには、夜ならどんぶり飯3杯ぐらい食べなきゃとは言います。でも個人で違うので3杯食べられない子には、3杯目は一口でもいいよ。それを一口、二口と自分から増やしていこう。いつも言うのは、ご飯をおいしく楽しく食べようということ。選手たちと一緒に食べているので、そんな雰囲気を作っています。」>(朝日新聞デジタル2017年12月26日配信)

 

 こうした生徒ファーストの「食育」が注目されるようになったのは近年のことです。以前は、とにかく「量」だけが重視されていました。さらに本大会期間中、疲労回復のために科学的に考えられたメニューを取り入れる学校は少数派でした。今回紹介するのはそうした時代のエピソードです。

 

 81年、夏の甲子園、「4番エース」として報徳学園(兵庫)を全国制覇に導いた金村義明さんは、県大会からひとりで投げ抜いてきました。甲子園に来てからの疲労は「ハンパじゃなかった」といいます。

 

 初戦、盛岡工(岩手)に完封勝ちし、2回戦は横浜(神奈川)に4対1で勝ち、続く3回戦で早稲田実業(東京)を5対4で下しました。優勝候補を連続撃破したことで勢いに乗った報徳は準々決勝で今治西(愛媛)を3対1、準決勝は名古屋電気(現愛工大名電・愛知)に3対1で勝利し、決勝に駒を進めました。

 

 だが、ここまで5試合連続、県大会も含めれば12試合連続完投の金村さんの疲労はピークに達していました。

 

「夏の甲子園の暑さは特別です。マウンドはムワーっとした熱気に包まれていて、立っているだけでもくらくらするほどでした」

 

 決勝前夜は食事もノドを通りませんでした。金村さんはこう振り返ります。

 

「当時、スポーツ栄養学なんてまだ広まっていない。決勝戦を前にして出てきた食事はステーキとトンカツ、"敵に勝つ!"ですよ(笑)。とてもじゃないけど揚げ物はムリ。それで母親に"助けてくれ"と連絡したら、すぐに宿舎に飛んできてくれた。そして焼肉屋に連れていかれ、そこで、どじょうをすり下ろしたのをご飯にかけてガーッて食べた。さらに"精がつくから飲みや"とコップで出されたのをグイッと飲んだら、高麗人参を漬けたお茶か何かでした(笑)。体がカーッと熱くなって、最後は漬けていた高麗人参もバリバリ食べて、それでなんとか体力回復。どうにか決勝のマウンドに上がることができました」

 

 果たして、京都商(現京都学園)との決勝戦、金村さんは100球を投げ、2対0で完封勝利を収めました。決勝前夜の食のサポートのおかげと言っても過言ではないでしょう。

 

 さて、高麗人参を食べた金村さん以上に、強烈なスタミナ食を取り入れていたのが、湘南(神奈川)でした。

 

 同校は49年、夏の甲子園で神奈川県勢として初の全国制覇を果たしました。このとき外野のレギュラーだったのが、のちにプロ野球ニュースのキャスターとしてお茶の間の人気者になる佐々木信也さんでした。佐々木さんは7番レフトで出場し、17打数6安打。準々決勝の対松本市立高(長野)ではサヨナラヒットを打ちました。

 

 佐々木さんたちが出場した49年、昭和24年といえばまだ終戦間もない頃で、食糧難の時代でした。スポーツコミュニケーションズ編集長・二宮清純のインタビューで、佐々木さんは当時の食事情をこう語っていました。

 

「甲子園の食堂のごはんがめちゃくちゃおいしかった。"敵に勝つ"ということでステーキとカツが出てきたんだけど、あんなにおいしいものを食べたのは初めてでした」

 

--湘南には伝統の"スタミナ食"があったそうですね?
「ええ、新聞にも紹介されましたが、ヘビ飯ですよ。これは当時の僕は知らなかった。もう何十年も経ってから"実は……"とマネジャーが切り出したんですよ」

 

--どんな"料理"だったんですか?
「マネジャーが僕らに栄養をつけさせようとして、野生のヘビを捕ってきた。それをご飯と一緒に炊いたというんです。フタの真ん中に穴をあけておくと、ヘビが苦し紛れにそこから顔を出す。頭の部分だけ持って引っ張ると、身がパラパラと下に散る。それを炊き上げたご飯の中に混ぜたと言います」

 

 ちなみに慶應義塾大から高橋ユニオンズに進んだ佐々木さん、プロ時代にも"ヘビ"のお世話になったそうです。

 

「プロ1年目、全試合全イニングに出場した。当時、新人での全試合全イニング出場は初めてでした。さすがに8月の半ばくらいには精も根も尽き果てて、動けなくなってしまった。それで、ある先輩に相談したところ、"佐々木、赤マムシの粉末を買ってこい。それをオブラートに包んで小さじ1杯分飲んでグラウンドに来い!"と。

 

 僕はそのとおりに実行しましたよ。すると試合が始まる頃には体がグァーッと熱くなる。確かにその日はヒット3本打ちました。翌日も、また2本。1週間ぐらいの間で打率が急上昇し、"このまま打ったら首位打者だな"と思ったこともありますよ」

 ヘビ飯にマムシの粉……。1950年代、今から70年近く昔のエピソードです。

 

 

(文・まとめ/SC編集部・西崎)


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