日本人初のサイ・ヤング賞が有力視されるダルビッシュ有(カブス)はボールに魔法をかけることのできるマジシャンである。

フォーシームを含め、11種類の球種を持つと言われる。まるで腕のいい大工の工具箱をのぞいているようだ。
今季、打者が最も面食らったボールは、昨季6月に移籍してきたメジャーリーグを代表するクローザー、クレイグ・キンブレルから教わったナックルカーブだろう。
ナックルカーブが通常のカーブと違うのは、ナックルボールのように人差し指(あるいは人差し指と中指)を表皮に突き立てる点にある。これによりカーブよりもスピードが速く、しかも鋭く落下するのだ。
今季、ダルビッシュはこれを完全に自分のものにした。師匠のキンブレルが「まさかすぐに使うとは思わなかった。彼は望めば何でもできる」と舌を巻くほどだから、既に完成の域に達しているのだろう。
ダルビッシュは「投球のバリエーションの中にナックルカーブが入ったことで、打者の目線を変えられるようになった」と語っていた。
マウンド上のダルビッシュからは、変化球を投げることで打者がどんな反応をするか、それを楽しんでいる様子が見てとれる。
変化球小僧といって悪ければ変化球オタク。いや、世界最高峰の変化球マニアと呼ぶべきか。
それが証拠に、自らが監修した『ダルビッシュ有の変化球バイブル』(ベースボール・マガジン社)の中で、本人は<投げていて、ボールがさまざまな変化をするのが楽しい。その面白さを読者の皆さんにもわかってほしい>と語りかけている。
多彩な変化球は、子供の頃から失わずに持ち続けてきた遊び心の発現なのだ。
昨季より3キロアップしたフォーシームも、スピンレート(回転量)の増加により、打者が「ホップする」と目をこすることが多く、これはもう立派な変化球である。
今季、このボールは1本もフェンスの向こうに運ばれなかった。
しかし、ナックルカーブの割合が昨季より大幅に増えたのとは対象的に、フォーシームは半分近くに減っている。
これは何を意味するのか。
いざとなったら“伝家の宝刀”を抜くぞと、マウンドの上から打者を威嚇しているのだ。ダルビッシュにとっては用心棒的存在のボールである。
サイ・ヤング賞は全米野球協会所属記者30人の投票により、11月中旬に決定する。
<この原稿は2020年11月6日『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>
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