米国のノンフィクション作家マイケル・ルイスがアスレチックスのGMビリー・ビーンを主人公に弱小球団の強化戦略と成功を描いた『マネー・ボール』は2003年に発売されるや、たちまちのうちに世界的なベストセラーとなった。

 

 副題は「The Art of Winning An Unfair Game」。すなわち「不公平なゲームに勝利する技術」。潤沢な資金を誇るチームが、ほぼそれに見合った成績を収めるのが常態化していたMLBにおいて、ビーン率いるアスレチックスは驚くほどの投資効果を得た。ローリスク・ハイリターン。00年から03年にかけてアスレチックスはヤンキースの約3分の1の投資額で同等の成績を収めることに成功したのだ。その原動力となったのがセイバーメトリクスと呼ばれる統計学的手法を用いての選手起用や戦術・戦略の構築だ。

 

 攻撃においてビーンは何よりも出塁率を重視し、盗塁を禁じた。先の塁でアウトになる確率が3割にも上る作戦はギャンブルの類に属するものであり、生産性が低いとビーンは見なしていた。無死一塁を二盗失敗により一死無走者の状況に暗転させた監督を、ビーンは許そうとはしなかった。

 

 正確に言えばビーンが憎んだのは盗塁ではない。盗塁死である。成功が高い確率で約束されているのなら、話はまた違っていただろう。

 

 ホークスの周東佑京の足が脚光を浴びている。30日のライオンズ戦では「世界記録」となる13試合連続盗塁を達成した。2日現在、盗塁を54回企図し、49回成功している。すなわち盗塁成功率は9割7厘だ。「彼が出塁すれば2塁打と同じ」とは王貞治球団会長。足のスペシャリストにとって、これ以上の誉め言葉はあるまい。

 

 数も大事だが、足によってスコアリングポジションを現出せしめる盗塁の、本義としての価値は成功率にあるのではないか、とも思う。その意味でスワローズ塩見泰隆の9割2分9厘(13盗塁)、ジャイアンツ松原聖弥の9割2分3厘(12盗塁)は特筆に値する。ただ企図数が少ない。

 

 長距離砲に比べ、総じて走り屋の年俸は低い。足自慢ばかり集めて成功すれば、これもまた、かたちを変えた「マネー・ボール」と言えるのではないか。ビーン流の逆張りだ。走力に特化したチームがひとつくらいあっても悪くはあるまい。

 

<この原稿は20年11月4日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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