ここ数年、「最近一番泣いた映画は?」と聞かれた際の答えは決まっていた。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」

 

 クライマックスはウェンブレーでのライブ。紆余曲折を経て「クイーン」に戻ってきたフレディー・マーキュリーの美声が超満員のスタジアムに響き渡る。その瞬間、涙がドバー。

 

 ところが、このまま伝説のチャンピオンになるのではと思われた“泣ける映画”の王座が、先週、交代した。井上尚弥並みの破壊力で頂点を奪ったのは、「鬼滅の刃」だった。

 

 すでに一度見ているヨメや息子からあらかたのストーリーは聞いていた上、「絶対に泣くまい、泣いてなるものか」と強く自分に言い聞かせていたにも関わらずの大決壊。そればかりか、すごく美味しいもの、たとえば東名三ケ日IC近くにある「加茂」で鰻をいただいたりすると、「これはカネコ家における鰻柱だな」とかのたまうようになってしまった。鬼滅をご存じない方のために説明すると、劇中世界では別格の強さを持つ剣士のことを柱というのだ。

 

 改めて痛感した映画の力。

 

 そういえば、先週は映画界のスーパースターがお亡くなりになった。ショーン・コネリーさん。映画ファンにとっては007であり「インディ・ジョーンズ」のコネリーさんなのだろうが、わたしにとっては82年W杯記録映画でナレーションを務められたコネリーさんでもある。

 

 準決勝の西ドイツ対フランス戦。W杯史上初のPK戦を、コネリーさんは「フットボーラーズ・ロシアンルーレット」と表現した。

 

 台本を読んだだけなのか、彼自身の言葉だったのかはわからない。ただ、英語が得意ではない高校生にもはっきりとわかる渋い低音ボイスにわたしはしびれ、「いったい誰がこのナレーションをやっているんだろう」と目を皿のようにしてエンドロールを探した。

 

 そうしたら出てきたのが“SEAN CONNERY”。恥ずかしながら、当時のわたしは読むことができなかった。ジーン・コンナリー。なので、ナレーターと映画界のスーパースターの名が結びついたのは、「インディ・ジョーンズ」のテロップを見た時だった。わたしが映画館で見た時代の007でテロップに流れるのは、“ロジャー・アーム”だったからだ。

 

 21世紀のいま、サッカーのスターが映画スターより有名であることは少しも不思議ではない。というより、メッシやクリロナに憧れる映画スターだっている。だが、コネリーさんがナレーションを務めた時代は、映画スターの方が圧倒的に知名度では上だった。映画は世界中で流れるが、サッカーは、映画ほどには国境から自由ではなかった。

 

 だから、記録映画のナレーションをコネリーさんに依頼した側は、きっと、彼の人気にあやかってW杯の魅力を広げたかったのだと思う。W杯は、いまよりもはるかにこぢんまりとしていた時代だった。

 

 先週末、岡山県にある畳会社が鬼滅の刃とコラボした置き畳、畳縁を発売した。持ちかけた高田織物も凄いし、受けた側も凄い。もしわたしがヴェルディの、あるいはグランパスのスタッフなら、勇気百倍、すかさずコラボ・ユニホームの発売をお願いしたいところだな。

 

<この原稿は20年11月5日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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