直前の怪我の影響で「不完全燃焼」に終わった「第8回オープントーナメント全世界空手道選手権大会」(03年10月)後、野本は肉体改造に踏み切った。
「減量して中量級に出るくらいなら、練習で苦しんで大きいヤツと戦った方がいい」と、174センチ、84キロの体格ながら、100キロ以上の巨漢がひしめく重量級(80キロ以上)で戦ってきた野本だったが、何試合も行うトーナメントでは、やはり体重での不利を痛感せざるを得なかった。


 4年後の世界大会で結果を残すため、野本は、体重を増やすことを決意した。
「とにかく食べましたね。普通に食事をして、ご飯を食べた後におもちを食べたり、疲れて食べられない時は、プロテインを流し込んだり……」
 努力の甲斐があり、身体はみるみる大きくなり、体重は95キロ前後にまで達した。およそ10キロの増量に成功した。
 だが、急激な体重増加は身体への負担も大きかった。空手を始めてから10年以上、80キロ台で動いていた身体は、10キロの増量にすぐには対応できなかった。
「上段廻し蹴りをしようとしたら、足が上がらなくなっていました(笑)。突きもゆっくりしかできなくなっちゃって……。相撲じゃないんだから、と。ハハハ」
 当時を笑いながら振り返ることができるのも、日々の激しい稽古で、身体のキレを取り戻したからこそだ。
 そして世界大会出場がかかった昨年10月の第38回全日本大会、野本は、塚本徳臣、塚越孝行、鈴木国博という世界一を経験している「3強」に次ぐ4位に食い込み、2度目の世界大会の切符を獲得した。
「前回の世界大会は、『自分なんかが出ていいのか』という気持ちだった。でも今回は違う。4年間、この大会を見据えてきた。『日本代表』は、自分に与えられた使命だという自負もある。出るからには、勝ちたいですね」
 穏やかな口調ながら、世界戦を前にした野本の言葉からは、この大会にかける強い意気込みが伝わってきた。

 無念の敗退、そして再出発

 そして迎えた「第9回オープントーナメント全世界空手道選手権大会」(10月13〜14日、東京体育館)――。
「大きな怪我もなく、練習も前回以上にやり込めた。良い状態で当日を迎えられそうです」
 直前に語っていた言葉どおり、野本は万全の状態だった。大会は2日間。初日は3回戦までが行われた。初戦は不戦勝、2回戦は一本勝ちと、スムーズにスタートを切った野本だったが、3回戦に、落とし穴が待っていた。
 188センチの長身、リトアニアのミンダウガス・パヴィキオニスとの一戦。序盤から、武器である下段蹴りを見舞っていく野本だったが、一瞬のスキをついた相手の膝蹴りが、野本の顎を直撃した。マットに倒れた瞬間を、野本本人は「覚えていない」と言う。まさかの一本負けだった。
 心身ともに最高の状態で当日を迎えた、野本にとって2回目の世界大会は、何とも無念の幕切れとなった。
 試合後、野本は「攻めばかりに意識がいっていた。下段で倒してやろうという意識が強すぎた……」と淡々と振り返った。

 試合から2週間、野本に話を訊く機会があり、あらためて世界戦を振り返ってもらった。
「ただ一言、『情けない』。それだけですね。悔しいというより、情けない……」
 噛みしめるようにそう言い、続けた。
「一昨年の世界大会で、ローマン選手に同じような負け方をしたんです。相手も研究してきていたんですね。下段の手ごたえがかなりあったので、勝てると確信していた。その分、相手からの攻撃への意識が足りなかったと思います。自分の力を過信していたところもあったのかもしれないですね」
 試合を終え、三好師範から「今後のことはゆっくり休んでから考えろ」と言葉をかけられたという。
36歳で挑んだ世界大会。空手選手として、ひとつの節目と考える時期と思われるのも無理もないだろう。だが、野本の気持ちは、まったく逆の方向に向いていた。
「年齢が年齢なので、周りは『もう引退か』という目で見る人もいると思います。でも、今回、今までの試合の中でも一番というくらいに調子がよかった。もう本当に不完全燃焼。全く、燃え尽きていない。来年5月の全日本ウェイト制が、翌年のワールドカップの代表選考なので、まずはそこを目標にして、また頑張っていきたいですね」
 聞けば、世界大会の翌日から、トレーニングを再開していたというから驚かされる。
「日本代表としての役割を果たせなかったことが、心残りですね。まだまだ強くなりたいし、日本を背負いたい、という気持ちもある」

「(世界大会の敗戦から)気持ちを切り替えられているのか、正直、自分でもわからない」と複雑な思いを残しながらも、野本は、すでに、また次の目標へと歩み始めた。
「空手を通して、自分に自信を持つことができた。空手を通じて、できた仲間は普通の友達とは違う真のつながりを感じることができる。続けられるところまで空手を続けたい。自分の力が及ばなくなったと感じたら、そのときにどうするか考えます(笑)」
 下段職人を極める道は、まだまだ、先へと続きそうだ。「趣味はない(笑)」というほど、仕事と空手漬けの日々。だがそんな毎日は、野本に最高の充実感を与えている。


(終わり)

野本尚裕(のもと・なおひろ)プロフィール
1970年1月29日、愛媛県出身。02年第19回全日本ウエイト制重量級優勝。03年第8回全世界空手道選手権大会ベスト16。04年第36回全日本大会準優勝。06 年第23回全日本ウエイト制空手道選手権大会重量級準優勝。同年第9回オープントーナメント全世界空手道選手権大会で4位に入り、07年第9回全世界空手道選手権大会の日本代表に名を連ねた。得意技は下段回し蹴り。175センチ、91キロ。弐段。







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