「野本尚裕」の名が全国的に知られたのは、2002年6月に行われた「第19回オープントーナメント全日本ウェイト制空手道選手権大会」重量級を制したことがきっかけだった。そして、04年の世界大会代表がかかった03年4月の「第20回オープントーナメント全日本ウェイト制空手道選手権大会」重量級で3位に入り、世界大会代表切符を手にした。当時、32歳。遅咲きの世界デビューだった。
当時を振り返って、野本は言う。「『オレなんかが世界大会に出ていいのか?』と思っていました(笑)。それまで、地方大会でも4回戦まで行けないくらいのレベルでしたから」。

 全日本ウェイト制の重量級を制する数年前までは、全くの無名だった。30歳を目前に、転職し新極真会愛媛支部の三好道場(代表・三好一男師範)で空手に取り組むようになった野本だったが、当初は仕事が仕事と空手の両立が難しく、試合にもなかなか出場できずにいた。出場したとしても、なかなか勝ち進むことができない。「2年くらい、選手としてやっていくのは無理だろうなと悩みながらやっていた」と野本は言う。
 その頃、道場の先輩にあたる川野友義氏(愛媛支部)に誘われるまま、仕事が休みになる日曜日に2人きりで練習するようになった。これが、野本の大躍進へとつながった。
「自分だけだと、練習に妥協が入ってしまう。川野先輩と2人きりで、日曜にみっちり3時間、練習に取り組みました。それを1年間続けたら、結果が出るようになったんです」
 新極真会の後輩たちからは親しみを持って(?)「悪魔」と呼ばれる川野氏のスパルタ稽古によって、野本の空手家としての能力がグンと引き出された。
 飛躍の年となった02年、野本は四国大会を制し、その勢いで、全日本ウェイト制の重量級を制した。

 「下段職人」の誕生

  当時、野本の体重は84キロ。重量級(80キロ以上)の中でも、最も小柄だった。試合でなかなか勝ち上がれずにいたのは、体格で不利であったことも否めない。
 三好師範は、かつてこう語っていた。
「僕は、最初は中量級を薦めたんです。無差別だとどうしても、1〜2回戦から勝ち上がっていくに従って、小さい選手はダメージが残ってしまう。でも本人の希望でしたから、重量級でそのままやらせていました」
 野本の飛躍にあたり、注目を集めたのは、強烈な威力を持つ「下段廻し蹴り」だった。大きな相手を次々と倒していくこの野本の下段蹴りは、川野との特訓で引き出された大きな武器だった。
「サンドバックを1時間半くらい打ち込む練習で、下段が強くなった。サッカーの経験も生きていると思います。僕の場合は、相手の足の内側を蹴る下段なんです。蹴り方はサッカーのときとほとんど一緒です。下から蹴りあげるような感覚ですね。この動作はサッカーで身についたものだと思います。ただ、最初の頃はサッカーの感覚で蹴っていたら、相手に全然効かなかった(笑)」
 野本はこう語り、続ける。
「サッカーはボールの表面的に蹴るという感じですが、相手が人間の場合は、(狙いどころを)蹴るというよりもさらに奥を蹴るような感覚ですね。インパクトの瞬間が全く違う。サッカーは蹴る側と同じ向きにまっすぐ軸足を向けるのですが、空手の場合は、軸足を返すんです。ある時は、軸足を返さない蹴りが有効な場合もありますが……」
 三好師範は、野本の下段廻し蹴りの強さについて、次のように解説する。
「やはりサッカーの下地は生きているでしょうね。ちょうど彼のズバッと振り下ろす下段廻し蹴りがあたる相手の膝のところに、サッカーボールがあるような雰囲気があるんです。よ。普通の空手の蹴りとは違う。膝から先のスナップが凄く速いんです」
 自分よりもはるかに大きな相手をその次々と倒し、全日本ウェイト制でその名を一躍広めた野本は「下段職人」と呼ばれるようになった。

 2003年10月4〜5日、東京体育館で行われた「第8回オープントーナメント全世界空手道選手権大会」は、野本にとって初めて挑む世界の舞台だった。
 だが、この時、万全の状態からはほど遠かった。大会前に骨折した右手とあごが大会までに完治せず、練習も思うようにできないまま、大会当日を迎えた。
 1回戦から3回戦までは勝ち抜いたものの、本来の動きを出せず、4回戦でムザファ・バカックに惜しくも敗れ、準々決勝進出はならなかった。
 32歳で挑んだ世界デビューの舞台は「不完全燃焼」に終わった。

(続く)


野本尚裕(のもと・なおひろ)プロフィール
1970年1月29日、愛媛県出身。02年第19回全日本ウエイト制重量級優勝。03年第8回全世界空手道選手権大会ベスト16。04年第36回全日本大会準優勝。06 年第23回全日本ウエイト制空手道選手権大会重量級準優勝。同年第9回オープントーナメント全世界空手道選手権大会で4位に入り、07年第9回全世界空手道選手権大会の日本代表に名を連ねた。得意技は下段回し蹴り。175センチ、91キロ。弐段。







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