苦しい今だからこそ、「掲げた目標」を見失わないでほしい ~髙橋礼華さんインタビュー~
リオデジャネイロ五輪の金メダル獲得など、日本のバドミントン界に数々の歴史を刻んだ髙橋礼華さん。その引退発表には、多くの惜しむ声が聞かれた。引退決断の背景や現役時代の活躍について、当HP編集長・二宮清純が聞く。
※対談は2020年10月上旬に収録
二宮清純: 引退会見が行われた8月19日は、4年前に髙橋さんがリオ五輪で金メダルを獲得された日(日本時間)でした。会見から約2カ月、どんな毎日をお過ごしですか。
髙橋礼華: おかげさまで、ゆったりとした日々を過ごさせてもらっています。
二宮: 突然の引退発表でしたが、周囲の反応は?
髙橋: 会見の2日くらい前に引退報道が出て、たくさんの人から連絡がありました。ほとんど相談することもなかったし、事前に伝えていた人も少なかったので、みなさん一様に驚いた様子でした。
二宮: ペアを組んでいた松友美佐紀選手には、いつごろ引退の意思を伝えたのですか。
髙橋: 6月2日です。3月の全英オープン終了から約2カ月間、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、チームの練習が自粛になっていました。その間に引退を決め、練習再開の翌日に伝えました。
二宮: 松友選手の反応は?
髙橋: 冷静に話を聞いてくれました。それまでの私の様子や発言から、うすうす気づいていたと思います。
二宮: いつごろから引退を意識したのでしょうか。
髙橋: 春先に東京五輪延期の話が出始めて、「1年延期になったら続けるのは難しいな」と考えていました。松友からは、「1年延期になってもやってくれますか」と聞かれたのですが、明確な返事ができませんでした。それで彼女も、私の思いを感じてくれていたんじゃないでしょうか。
二宮: バドミントンのダブルスは、前衛よりも後衛の選手の消耗度が激しいと聞きます。髙橋さんは後衛ですから、やはり、体力的にもきつかったのでしょうか。
髙橋: もちろん、体力面の厳しさもありましたが、それより気力の問題が大きかった。あと1年というのは、私にとっては長すぎました。
二宮: 髙橋さんと松友選手は、リオ五輪女子ダブルスで日本バドミントン史上初となる金メダルを獲得しました。それゆえ、連覇に向けて周囲の期待も大きかった。そのなかでの引退決断は、簡単ではなかったでしょう。
髙橋: はい。リオ五輪でたくさんの人に知ってもらえて、応援してくれるファンも増えました。その人たちに、「東京でも頑張って」と言われると、簡単にやめたいとは言えませんでした。だから、何とか自身を奮い立たせようとしたのですが、燃え上がるものがなかなか出てこなかった。それで延期の正式な発表を受け、引退を決断しました。
二宮: 延期の第一報を聞いたときの気持ちは?
髙橋: 表現が難しいのですが、「ホッとした」という気持ちが正しいかもしれません。「もう頑張らなくていいよ」と言われたような気がして……。
二宮: それだけ背負っていたものが大きかったということですね。リオ五輪で得た達成感から、モチベーションが保てなかったり、燃え尽きてしまったりした側面もありますか。
髙橋: そうですね。とにかく金メダルだけを目指してやってきたので、それがかなった後は、先のことが全く考えられなくなりました。東京五輪に向けて気持ちを奮い立たせるために、羽生結弦選手(フィギュアスケート)など五輪連覇を達成した人の試合映像を見たり、その言葉を自分の中にたたき込もうとしたりもしましたが、それでもモチベーションはなかなか高まりませんでした。
二宮: そこには、金メダリストにしかわからない苦悩があるんでしょうね。
髙橋: 実は、金メダリストと言われてもいまひとつピンとこないんです。ほとんど実感がなくて、周りに言われてやっと「そうだったなぁ」と感じるというか(苦笑)。私にとって金メダルは、それくらい遠くて大きい目標でした。
(詳しいインタビューは12月1日発売の『第三文明』2021年1月号をぜひご覧ください)
<髙橋礼華(たかはし・あやか)プロフィール>
1990年4月19日、奈良県橿原市出身。母の影響で6歳からバドミントンを始め、強豪・聖ウルスラ学院英智中学校(宮城県)へ入学。同高校へ進学後は、一学年後輩の松友美佐紀選手とペアを組み、インターハイ女子ダブルスで優勝するなど活躍した。高校卒業後は、日本ユニシスへ入社。遅れて入社してきた松友選手とのペアを継続し、国内外の大会で優勝を重ねた。2014年10月には、日本人選手として全種目で初めて世界ランキング1位となった。12月には、BWFスーパーシリーズ(現BWFワールドツアー)ファイナルズ女子ダブルスで日本人初優勝を果たした。その後も、16年のリオデジャネイロ五輪女子ダブルスで日本のバドミントン史上初となる金メダルを獲得するなど、数々の金字塔を打ち立てた。今年8月に現役を引退。