「最下位決定だな」
 東北楽天・野村克也監督の落ち込みようといったら尋常ではなかった。
 3月2日、長崎での千葉ロッテ戦に先発した大学生・社会人ドラフト1巡目ルーキーで、即戦力サウスポーと評価の高かった長谷部康平にアクシデントが発生した。初回、飛球を追って一塁方向へ走った際に左ひざを痛めてしまったのだ。

 その一部始終をベンチから見ていた野村監督が振り返る。
「急ブレーキがかかり、ヒザがカクンと折れた。その時にやっちゃったようなんです。それでも、その後5回まで投げたので、大したことないんだなと思ったんですけどねぇ……」

 名古屋市内の病院での診断結果は「左ひざ半月板損傷」。手術を受けた場合、最低でも復帰までに約4カ月かかる見通しで、スポーツ紙には<前半戦絶望か>の見出しが躍った。

 楽天の開幕カードの相手は福岡ソフトバンク。「左打者が多いから、余計に長谷部(を先発で使おう)と思っていたのに……」。
 野村監督のコメントも、この時ばかりはボヤキというよりも嘆きのニュアンスに近かった。

 長谷部が全国区になったのは昨年の秋。アマチュア選手(愛工大)としてただ一人、北京五輪を目指す日本代表メンバーに選ばれた。台湾でのアジア予選、残念ながら登板機会には恵まれなかったが、彼が果たした役割は決して小さくはなかった。語るのは日本代表・大野豊投手コーチ。

「長谷部の存在は投手コーチの僕にはありがたかった。初回から肩をつくってくれた。これを3試合、全部やってくれましたよ。彼は肩の仕上がりが非常に早い。ベンチに安心感をもたらせてくれたという点において、1試合も投げなかったけれど、彼は本当にいい仕事をしてくれました」

 プロ入り後もネット裏の評判は上々。辛口で鳴る江夏豊氏までもが「ルーキーの中では長谷部が一番。ブルペンで5人投げている時には目立たんが、マウンドに上がると、さすがというボールを投げるね」と言い、手放しで褒めていた。

 クライマックスシリーズ出場を狙う楽天にとって、即戦力サウスポーがローテーションに加わるのと、加わらないのとでは大違い。野村監督が頭を抱えるのも無理はない。
 しかし、ここにきて手術回避の可能性も出てきた。仙台市内の病院で、再度、検査を受けたところ、前回よりも軽い診断が下されたというのだ。野村監督も一安心か。

 競技は違うが先の名古屋国際女子マラソンで、有力視された高橋尚子が序盤で失速した。レース後、彼女は昨年夏に半月板を半分、切除したことを明らかにし、「練習不足」を敗因に挙げた。

 高橋の場合、「痛くて練習できなかった」というのだから手術はやむを得ない。だが長谷部の場合、現在、痛みが引いているのなら、慌てて手術を受ける必要もあるまい。北京五輪も控える。彼にとっては勝負の年である。

<この原稿は2008年4月6日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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