巨人・坂本勇人が31歳10カ月、NPB史上2番目の年少記録で2000本安打を達成したことにより、ひとりのレジェンドに注目が集まっている。

 

 

 最年少記録保持者は誰か。それは31歳7カ月で大台に到達した榎本喜八(毎日・大毎・東京・ロッテ-西鉄)である。

 

 現役時代、“ミスターロッテ”と呼ばれた有藤通世がロッテに入団したのは1969年。32歳の榎本はピークを過ぎていた。

 

 それでも榎本の打球はルーキーの心胆を寒からしめるものがあったという。

 

 有藤は語る。

「構えからテイクバック、インパクト、フィニッシュまで全く乱れがない。こんなバッターは他にいなかった」

 

 晩年でこうなのだから、全盛期の打棒は推して知るべしだ。

 

 神様、仏様と並び称された「鉄腕」稲尾和久から、生前、こんな話を聞いたことがある。

「対戦した中で最高のバッターは榎本さん。構えたままで見切る。そのボールの見送り方が嫌だった。不気味なくらいの集中力を感じました。シュートもスライダーもきれいに打たれてしまうので、僕は2年目にフォークを投げた。この時だけ打席でガチャガチャと落ち着きなく動いたことを覚えている。でも、ひとりのバッターのために新しいボールを覚えたというのは、後にも先にも榎本さんだけ」

 

 榎本は数多くの逸話を残している。極め付けは右翼席の観客が弾丸ライナーのホームランを避け切れず、ケガをしたというもの。観客には気の毒だが、ボールの芯を射ぬくことを最上の喜びとしていた榎本にとって、これは理想の打球だったに違いない。

 

 榎本は18.44メートルはさんでの攻防を、ピッチャーとバッターの果たし合いととらえていた。だからポテンヒットや内野安打は、自らの負けも同然と考え、塁上ではうつむいていた。

 

 まさにユニホームを着た宮本武蔵。晩年はベンチの中で座禅を組み、瞑想にふける日々だったという。これは都市伝説ではない。

 

<この原稿は2020年11月30日・12月7日合併号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 


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