2021年1月1日、快晴の新国立競技場。

 川崎フロンターレとガンバ大阪がぶつかった天皇杯決勝は、ぶっち切りでJ1を制した王者に軍配が上がった。主役はJ1新人最多得点タイ記録となる13ゴールを挙げてMVP級の活躍を果たしたあのゴールデンルーキーだった。

 

 三笘薫、23歳。

 スコアレスで迎えた後半10分、大島僚太がピッチ中央で相手のパスをカットして前に出ると、三笘は左サイドから斜め前にスルスルと上がっていく。レアンドロ・ダミアンからのパスを絶妙なトラップで受け取り、スピードを上げてシュート体勢に入る。相手はロシアワールドカップメンバーであり、日本を代表するGKである東口順昭。ここまでフロンターレの猛攻に耐えながらゴールを死守してきた。

 

 三笘はその百戦錬磨のGKの動きをしっかりと読んだうえで逆サイドのゴール左隅に流し込んでいる。フロンターレに天皇杯初優勝をもたらした判断、技術ともに完璧な一発であった。

 この試合には同じルーキーで本来はフォワードの旗手怜央が左サイドバックに入って勝利に貢献している。この2人の大卒ルーキーの存在が、「強いフロンターレ」の一翼を担っているのは言うまでもない。

 

 筑波大学出身の三笘と順天堂大学出身の旗手。

 フロンターレが獲得を発表したのは2018年7月。彼らが大学3年生のときだった。2人はU-21日本代表でも活躍して大学サッカー界でも注目を集めており、争奪戦になることも予想された。早めに決着をつけるために2020年入団の選手を「前々年」に獲得したのかと思いきや、そうではなかった。

 

 当時、向島健氏と一緒にスカウトを担当していたのがクラブのレジェンドでもある伊藤宏樹氏(現在は強化部スタッフ)。彼にその理由を尋ねたことがある。

「彼らは東京オリンピック出場を目指しています。つまりフロンターレに入団する年。今のチームはポジション争いが熾烈だし、1年目となれば絶対壁にぶつかるはず。入団が決まっていなければ、大学の監督さんや本人に対してクラブに誘うための声かけになりますけど、決まってしまえばこれからは1年目から試合に出るための声かけができるようになりますから」

 

 プロになってから壁にぶつかってしまうと、東京オリンピックにも影響すると考えた。前々年から壁を想定して準備をしておけば、プロになってすぐ壁に直面しても乗り越えていける対応力が身についているはず。フロンターレ側も、そのためのアドバイスができるというわけである。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大によって東京オリンピックは2021年に延期になった。三笘30試合、旗手31試合と彼らが2020年のJ1でコンスタントに出場できたことを考えると、もし予定どおり2020年に開催できていたとしてもフロンターレでのパフォーマンスは良いアピールになっていたのではないだろうか。「前々年」の獲得は、チームにとっても選手にとっても成功だったと言っていい。

 

 三笘は元々フロンターレの育成組織出身で、旗手も大島僚太、長谷川竜也と同じく静岡学園高出身。テクニックとハードワークを共鳴させるフロンターレのスタイルに合致するタイプではある。しかしながらフロンターレのスカウト陣は、もっと違う側面を見ようとしていた。ここも伊藤氏の言葉を借りたい。

「今がいいから獲得するわけじゃありません。あくまで将来性です。(フロンターレ)U-18からの昇格も、高校生も大学生も。技術があるかどうか、1つ1つのプレーに余裕があるかどうか、周りが見えているかどうか。プレーにミスがあったとしても〝こういうプレーをしようとしているな〟って伝わりますから。それと、メンタリティーも大事です。今のフロンターレは競争が激しいですから、壁にぶつかってもはい上がっていけるだけのものがあるかどうか。三笘にも旗手にも将来性を強く感じたため、オファーに至りました。スカウトとして甘い言葉は掛けません。覚悟を持ってやらないと、試合に出られないよとは伝えましたけど」

 

 将来性のみならず、壁を乗り越えていけるだけのメンタリティーを見たうえでオファーの判断に至っている。

三笘も旗手も2020年シーズンで評価をグンと上げた。延期された東京オリンピック本大会に向けてメンバー争いも始まる。2021年、2人にとっても最高のスタートになったのではないだろうか。


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