今回の白球徒然・HAKUJUベースボールスペースは、BCリーグ石川ミリオンスターズ(MS)の指揮を執る田口竜二監督に話を聞きました。田口監督が2018年1月まで「プロ野球選手のセカンドキャリア」や「現役時代の思い出」などをテーマにして当コラムで連載記事を執筆していたのを読者の皆さんならご存知でしょう。昨季から白寿生科学研究所から出向という形で石川MSの指揮官の職に就いた田口監督。指揮官1年目を振り返っていただきました。

 

 イメージと現実のギャップ

 監督1年目の20年シーズンは、新型コロナウィルス感染拡大の影響で開幕が延期になり、さらにリーグの地区分けも予定されていたものではなく、移動を少なくするために近隣チームと同グループに組まれました。結果、石川MSは富山GRNサンダーバーズと40試合も戦うという非常にイレギュラーなシーズンでしたね。

 

 富山の田畑一也監督(20年まで)はホークスの後輩であり、旧知の仲なんです。さらに選手同士も近県ということで仲が良い。それが40試合も戦えば、公式戦というよりも紅白戦に近い雰囲気が出てきたこともありました。

 

 これまで私はBCリーグの選手とはセカンドキャリア支援などで関わっていましたが、監督と選手という関係になったのは初めてです。最初は外から見ていたイメージと現実の違いに驚きました。

 

 BCリーグをはじめ独立リーグというのは、どの選手も「NPBへ行ってやる!」とか「ここで野球にケジメをつけるんだ!」というイメージでしたが、いざ現場に入ってみると、案外、緩い雰囲気なんだな、と。当然、NPBを目指している選手はいますが、そうした本気組と楽しく野球をやる組の2派が混在。それによって何となく仲良し軍団という雰囲気が作られていました。

 

「えっ、こういう感じなんだ」と少しショックでしたが、監督としてそれを変えるのは難しい。というよりも無理です。チームやリーグが10数年続いてきた中で出来上がってしまったものですから、いきなり「こうしろ」と言っても雰囲気を変えることはできません。

 

 しかし、その中でも選手たちには自覚を持ってプレーしてほしくて、就任当初、6つの行動指針を示しました。それは以下のようなものです。

 

①感情をコントロール
②チャレンジャーであれ
③自分の思いを口にする
④ビジョンを明確に
⑤自分に嘘をつかない
⑥プライオリティー(優先順位)を付けること

 

 それぞれ説明すれば、1は不平不満を表面に出したり、ふてくされないこと。たとえば試合中なら審判に文句を言ってはいけない。ふてくされていては良いプレーはできませんからね。

 

 2は、結果については監督の自分が責任を持つので、どんどんチャレンジしてほしい。失敗を恐れてやらないことが一番ダメなのこと。私はミスに関しては怒りません。怒るのは準備不足などできることをやらなかったときだけです。3は、指導者の中には選手から何か言われると「なんだお前、偉そうに」というタイプもいます。それで言いたいことを言えない環境になるのは昔から嫌いなので、思っていることは常に口に出してくれ、と選手に伝えました。

 

 4は、過去の連載コラムでも触れましたが、思いと行動は比例するので、夢や目標は明確にした方がいいということ。5については、人間というのは自分に嘘をつくと言い訳が始まる。自分で決めたことは最後までやってほしい、と。そして6。目標を達成するためには最優先で何をするのかを考えるのが重要。そして何を犠牲にするのかを考えてほしい。こうしたことを選手に伝えました。

 

 いずれも当たり前のことのようですが、なかなか実行するのは難しい。でも石川MSの選手たちは1の感情をコントロールすることと2のチャレンジャーであれ、については良くできていたと思います。

 

 ただ難しいと言っても、これはすべて社会に出たら当たり前のことです。この行動指針を伝えることは、野球を終えた後、社会に出たときに選手が困らないようにという意味もありました。どれだけの選手がそれを理解しているのかは、わかりませんけどね。

 

 昨季限りで引退したある選手は、非常に自分に厳しく、練習も黙々とやるタイプでした。コーチとしてチームに残ってほしいと打診もしましたが、本人は「もう野球はやりきりましたので」と固辞。彼のようなタイプは社会に出てもうまくやっていけるんだろうな、と思っています。

 

 自覚のない選手たちに個々に注意はしませんでしたが、私は常にこう言っていました。
「今、君たちが貰っている月10万円という給料。それが野球選手としての君たちの評価です。たった10万円という評価です。そのことを考えて行動した方がいいんじゃないのか」

 

 厳しいことかと思いますが、それで何かに気が付いてくれたらなという思いがあり、あえて口にしました。

 

 外からと現場でのギャップといえば、セカンドキャリアについての考え方もそうでした。現場に入る前は「現役時代からセカンドキャリアについて考えることが重要」と言っていましたが、実際に現場を経験してみると、「それは難しいことだな」と。なぜ難しいかと言えば、選手たちはこれまでそうしたことを教わっていない。小さい頃から野球のことだけを考えてきて過ごしてきたので、別のことを考えるという思いに至らないわけです。

 

 選手が悪いわけではなく、野球界がそういう仕組みなのが原因なんでしょうね。それを変えるためには、小さいときから「野球だけじゃない」ことを教えることが重要です。何も子供のうちから野球だけをやる必要はないし、冬の間はサッカーやラグビー、アメフトをやったっていい。そうやって野球だけじゃない、という考え方をできるようになれば、初めて「セカンドキャリア」を考えながら現役を過ごすことができる。

 

 ただ、それを浸透させるには長い時間がかかるでしょう。私の話を聞いた選手たちがやがて少年野球の指導者となり、私の考えを伝えていく。そしてその子どもたちが成長していけば、今とは違う野球界になっているんじゃないでしょうか。最初はイメージと現実のギャップに驚いたと言いましたが、そうした発見など、気付きもあった有意義な監督1年目でしたね。
(つづく)

 

1600314taguchi田口竜二(たぐち・りゅうじ)
1967年1月8日、広島県廿日市市出身。
1984年に都城高校(宮崎)のエースとして春夏甲子園出場。春はベスト4、夏はベスト16。ドラフト会議で南海ホークスから1位指名され、1985年に入団し、2005年退団。現在、株式会社白寿生科学研究所人材開拓グループ長としてセカンドキャリア支援を行なっている。20年、BCリーグの石川ミリオンスターズの監督に就任。21年も引き続き同チームで指揮を執る。

 

(取材・まとめ/SC編集部・西崎)


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