「英国紳士の条件は、風呂場でションベンしないことだと言うんだな」。昔、そんな話を座談の名手として知られる漫画家の黒鉄ヒロシさんから聞いた。人が見ていないところでの振る舞いこそが、その人物の価値をはかる唯一無二の基準だというのである。

 

 法を守るのが遵法意識なら、自らを律するのが規範意識。前者が俗人にも求められるのに対し、後者は“ノブレス・オブリージュ”(身分の高さに応じて果たすべき社会的責任と義務)と親和性が高い。

 

 日本相撲協会が作成した新型コロナウイルス対策のガイドラインに違反し、夜の街をうろついても、誰も見ていないと思ったのだろうか。協会から処分を待つ身の時津風親方の言い草が悲しい。「国会議員だってやっているじゃないか」。知人にそう毒づいたという。

 

 相撲部屋は親方を頂点にしたタテ社会である。親方が黒と言えば、白いものでも黒になる――。それが相撲界である。良くも悪くも親方はオールマイティーな存在だ。

 

 そんな絶対的な権力者に規範意識が薄いのは大問題だが、それ以上にいい年しての他責思考が情けない。まるで隠れてタバコを吸っていた中学生が先生に見つかり、「先輩だって吸っているじゃないか」と開き直っているようなものだ。それは弟子の言い訳である。

 

 それよりも見苦しい言い訳をしたのが、3人のセンセイ方だ。政府が緊急事態宣言を発令し、国民に不要不急の外出自粛を要請する中、銀座で高級クラブをはしごしていた。理由を聞いて腰が抜けそうになった。「陳情を受けるため」。同伴陳情とは恐れ入った。知り合いのママが嘆いていた。「これでまた銀座のイメージが悪くなる。誰も寄りつかなくなるから、当分政治家には来ないでもらいたい」

 

 残念なことに3人のうちの1人は東京五輪・パラリンピックも担当する文科副大臣だった。いま五輪・パラリンピックを取り巻く状況がいかに厳しいかわかっていないはずはあるまい。ましてや選良である。「時短要請で苦しんでいる中、おカネを落として元気を出していこう」。その言葉の軽さに驚く。先のママ風に言えば、「これでまたオリパラのイメージが悪くなる」。

 

 範を示す、という言葉は、もはや死語なのか。せめてスポーツの世界くらいは、リーダーにはリーダーらしくあって欲しい。英国紳士ほどの高潔さは求めないにしても……。

 

<この原稿は21年2月3日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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