今オフのニューヨーク・ヤンキースは意外なほど静かだった。
 ここ6、7年は大物FA選手を獲得するのが恒例となっていたのだが、今季は大型補強はゼロ。期せずしてトレードマーケットに出て来た球界No.1左腕ヨハン・サンタナも本腰を入れて獲りにはいかなかった。
 結果的に、昨季まで3年連続でプレーオフ初戦敗退したヤンキースは、それとほぼ同じ主力のままで今季の戦いにも挑むことになる。
 これまで「オフの王者」の名も欲しいままにしてきたヤンキースらしからぬ方向転換。その陰には、豪腕ジョージ・スタインブレナー氏の独裁政権が本当に終焉した事実がある。チーム作りの主導権は、息子・ハンクとブライアン・キャッシュマンGMの手に完全に移ったのだ。
(写真:松井秀喜個人にとっても、チームにとっても正念場のシーズンがやってくる)
 いずれにしても、チーム全体が「過渡期」にいる今季は近年以上に苦しいペナントレースになるはず。筆者は実はヤンキースには久々のプレーオフ逸の可能性も十分にあると考えている。そこで今回は、今季のヤンキースの見どころと、苦戦すると考えられている根拠について4つに分けてみていきたい。

1.先発投手力は十分なのか。

 今季の最大の注目は、何と言ってもジョバ・チェンバレン、フィル・ヒューズ、イアン・ケネディの若手投手トリオである。キャッシュマンがこだわる3人がどれだけ成長できるかが、今後のヤンキースの命運を握っているといって良い。
 現時点では、今季の先発ローテーションはまずは王健民、アンディ・ペティート、マイク・ムシーナのベテラン3人に柱を任せ、ヒューズとケネディは4、5番手で使うプランが有力。期待のチェンバレンはブルペンでシーズンをスタートさせ、後半戦にローテ入りの予定とか。
 このように金の卵たちを慎重に育成しようという心構えは好感が持てる。才能に溢れたヤングガン3人が期待通りに育てば、今季のみならず、向こう5年以上MLBを騒がせる投手陣ができあがるはずだ。

(写真:若手投手たちが伸び悩んだとき、2年目の井川慶はステップアップできるのか)
 だが若手の成長は博打の要素も強いため、計算は立ち辛い。そして彼らが想い通りに伸びてくれなかったとき、特に今季の先発台所事情は相当に厳しいものになる。昨季プレーオフで打ちのめされた王、禁止薬物問題の影響が心配されるペティート、衰えの目立つムシーナがどれだけ屋台骨を支えられるか?
 長いヤンキースの歴史上でも、ルーキーたちがこれだけの注目を集めるシーズンは珍しい。サンタナを見送ってまで放出を避けた3人のうち2人ほどがすぐに戦力となれれば、今季の優勝争いは有望。だがそうならなければ、カール・パバーノか井川慶あたりが突然真価を発揮しない限り、大苦戦は必至。非常に楽しみだが、ギャンブル性の強い危険な1年となるだろう。

2.ジラルディ新監督のお手並みは?

 12年も続いたジョー・トーリ政権が終わり、今季からジョー・ジラルディがこのスター軍団の指揮を執る。
 まるで聖域にいるような人気を集めていた人物の後釜が難しい任務であるのは当然。特に今季の場合、前述した若手投手トリオを育成しながら、さらに王座奪回まで求められているのだから生半可な仕事ではない。
 具体的には、ヤンキースフロントは昨年に引き続きチェンバレン、ヒューズ、ケネディに球数制限を設ける予定。これを頭に置きながら、ジラルディはどのように投手陣をやりくりしていくか。その両肩にはいきなり計り知れない重圧がのしかかってくるはずだ。
 ジラルディはマーリンズ時代の05年に最優秀監督賞を獲得しているが、同時にチームオーナーと公に対立し、わずか1年で監督の座を追われている。そして新天地ニューヨークでは、オーナー、ファン、メディアからのプレッシャーはフロリダの比ではない。不安要素、不確定要素、未知の要素が多い中で、46歳の青年監督のお手並みを拝見である。

3.松井秀喜はレギュラー?

 続いて日本のファンからの注目を一身に集める松井秀喜について――。
 一般的には、今季の松井はレギュラーが約束されていないと言われる。DHにはジェイソン・ジアンビ、レフトにはジョニー・デイモンが多用されることも濃厚で、確かにペーパー上は松井の居場所がなくなっている。
 とは言っても、この3人でローテーションという形になれば、最も打撃に安定感がある松井が外される日は少ないはず。レフトを守るかDHになるかはその日のマッチアップや調子次第だろうが、結局はほぼ毎試合に出場することになるのではないか。
 ただ、松井、ジアンビ、デーモンの中で誰をどう使おうとも、スピード感と守備力不足は明白。松井の守備範囲は2年前の故障以来極端に狭まっている。かつては俊足でならしたデーモンも近年は運動量の低下が目立つ上に、もともと酷い弱肩。DHでなければ一塁に入ることもありそうなジアンビは、守備ではリーグ最低レベルである。
 ヤンキースに最も足りないのは運動能力、守備力であるというのはここ数年の筆者の持論なのだが、今オフもその部分の改良はなされなかった。例え打てなくても守備や走塁はスランプが少ないし、プレーオフで物を言うのは得てしてその部分であるにも関わらず、である。このままでは今季も、2線級投手は打ちのめすが、好投手相手には接戦を落とすパターンは変わらないだろう。
 松井秀喜は今季も強力打線に連日名を連ね、時に効果的な活躍で日米のファンを喜ばせてくれるに違いない。ただ残念ながら、ジアンビ、デーモン、ボビー・アブレイユらと同じく、松井もヤンキースに多い「打つだけの選手」の中の1人になってしまっている感は否めない。そしてこのチームの武器の少なさは、今季も大事な場面で命取りとなってくる気がしてならない。

4.戦力アップした他球団の動向は?
 今回は不安要素、不確定要素ばかりをピックアップしているが、一方でヤンキースが未だにアリーグを代表する強豪の1つであることを否定するつもりはない。しかしそれでも筆者は、今季は「ヤンキースのプレーオフ進出に危険信号」と本気で考えている。そしてその理由は、どちらかと言えばアリーグのライバルチームの充実の方にある。
(写真:全米各地にまもなく球音と熱気が戻ってくる)

 まず東地区では、昨季王者レッドソックスは主力の大半を残留させ、当然のように今季も地区優勝候補の筆頭。カート・シリングの離脱も、ジョン・レスター、クレイ・バックホルツがカバーできるだろう。選手層、攻守のバランスに優れた彼らは、現時点で明らかにヤンキースより格上だ。
 続いて中地区では昨季プレーオフでヤンキースを叩きのめしたインディアンスに加え、タイガースが大型補強を敢行。ミゲル・カブレラ、ドントレル・ウィルス、エドガー・レンテリアらを加えたタイガースは、一躍アリーグ内でも最高級のパワーハウスとなった。
 さらに西地区では、例年安定した強さを誇るエンジェルスに追いつけとばかりに、マリナーズが戦力アップ。エリック・ベダードというエースをトレードで獲得したことで、彼らもプレーオフ戦線に名乗りを挙げたと言って良い。
 このように、今季のアリーグの各地区にはそれぞれ優勝を狙えるレベルの強豪が2チームずつ揃っている。
 これまでは例え地区制覇を逃しても、ワイルドカードは常に東地区の2位チームのものだった。しかし今季の場合、もしもヤンキースがレッドソックスを追い越せなかったとき、ワイルドカードを他地区の2位チームに持っていかれる可能性もかなりある。しかも東地区ではブルージェイズ、レイズまでパワーアップしているため、ヤンキースも星をかなり食われ、勝率を例年より落としてしまうことも十分に考えられるのだ。こういったリーグ全体の底上げこそが、ヤンキース危うしと考える最大の根拠である。
 ここ10年以上に渡って、ヤンキースのプレーオフゲームはニューヨークの恒例行事だった。だが、08年は正念場の年になりそうである。秋の伝統イベントを守るため、今季は前半から大きな出遅れは許されない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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