1月19日にニューヨークで行なわれたLヘビー級ノンタイトル戦、ロイ・ジョーンズ対ティト・トリニダードは、戦前に予想された通りの内容、展開、結末となった。
「過去のヒーロー対決」とも陰口を叩かれたこのカード。3年にも及ぶブランクの影響かやはりトリニダードの動きにはキレがなく、中盤以降は体格とスピードに勝るジョーンズが難なく試合をコントロールしていった。結局、ジョーンズが大差判定で勝利。余りに想定通りの流れとなり、波乱の無さが物足りなかった人も多かったかもしれない。
(写真:トリニダード戦で力を再証明したロイ・ジョーンズは今年中に最後のビッグファイトに臨むことになりそうだ)
 ただそれでも、トリニダードの相変わらずの華やかさはマジソンスクウェア・ガーデンのリングを明るく照らしてくれた。ジョーンズの未だに衰えぬ確かな技術は、コアなファンを満足させるのにも十分だった。
 結果的に、一般的には決して期待の大きかったカードではなかったにも関わらず、この試合はビジネス面で成功を収めた。PPV放送の売り上げ50万件はヘビー級以外としては歴代屈指のもの。昨年から活況を呈す米ボクシング界は、2008年もまずは好調なスタートを切ったと言って良いのではないか。

 そこで今回は、年明け早々のビッグファイトの周辺から見えて来た2008年世界ボクシング界の見所を、幾つかかいつまんで挙げていきたい。昨年同様に好カードの連続が期待される今年――。ようやく好循環を取り戻して来たボクシング界は、その勢いを保つことができるのだろうか?

ロイ・ジョーンズの最後の一花

 前述通り基本的にすべて予想通りの流れを辿ったロイ・ジョーンズ対ティト・トリニダード戦の中で、1つだけ人々を驚かせたのは、ジョーンズの動きが過去数年になかったほど良かったことだった。
かつては「最強ボクサー」の名を欲しいままにしながら、2004〜05年にかけてジョーンズは3連敗。打たれ脆さは顕著となり、限界説も盛んに囁かれた。06年に再起は飾ったものの、ここ2年はメジャーなタイトル戦への声もかからず、引退はもう時間の問題と思われていた。
 しかし今回のトリニダード戦でのジョーンズは、スピード、切れ味ともに全盛期を彷彿とさせる出来。人気者の相手に快勝したことは商品価値にもプラスで、今年中にも再びビッグファイトのチャンスが廻ってくることになりそうである。
 ジョーンズ本人は2月16日のケリー・パブリック対ジャーメイン・テイラー戦(Sミドル級)か、4月19日に予定されるバーナード・ホプキンス対ジョー・カルザギ(Lヘビー級タイトル戦)の勝者と戦いたいとコメントしている。この4人の中なら、誰との対戦が実現しても好カードとなる。
 08年は、39歳になった「元最強王者」の最後の挑戦が注目を集めることになりそうだ。忘れられかけた男・ジョーンズは、未だ衰えぬスピードを駆使し、再び世界を驚かせることができるだろうか。

メイウェザー対デラホーヤ再戦へ
 
 ジョーンズ対トリニダード戦に前後して、新たなビッグマッチの話題も飛び込んできた。昨年に5月に対戦したフロイド・メイウェザーとオスカー・デラホーヤが、今年中にも再戦に臨む方向だというのである。
(写真:現役最強ボクサー、フロイド・メイウェザーの次戦はデラホーヤとのリターンマッチか)
 リターンマッチに向けてすでに路線も敷かれ始めている。まずはデラホーヤが5月に手軽な相手(スティーブ・フォーブスが有力)と前哨戦を行なう。それをクリアすれば、昨年12月のリッキー・ハットン戦後は休養に入っているメイウェザーと9月にタイトル戦を行なう予定だ。
 しかし正直言って、この再戦に胸をときめかせる人はそれほど多くないのではないか。現役最強ボクサーと、未だ最大の人気を誇る選手の激突ではあるが、この2人に関しては去年の対戦ですでに勝負付けはついている。しかもその試合が山場にかける平坦なものだったため、もう一度見たいという気もそそられない。共にディフェンスに長けた慎重なボクサー同士なのだから、再び対戦しても展開に大きな変化はないだろう。

(写真:華やかなオスカー・デラホーヤ(写真左/右はバーナード・ホプキンス)はボクシング人気の起爆剤だ)
 筆者個人としては、昨年から何度も書いて来た通り、着実に階段を上って来たミゲール・コットとメイウェザーの決戦が見たかった。そちらの方がストーリーとして理に叶っているし、試合内容も遥かに上質となるに違いないからだ。
 ただそれでも、「メイウェザー対デラホーヤ�」はビジネス的に08年最大の利益をもたらす興行にはなるはずだ。
 ボクシングの枠を超えた知名度を誇るこの2人は、昨年の対戦では史上最大のPPV売り上げを記録して人々の度肝を抜いた。もちろん2番煎じの今回はそこまではいかないだろうが、少なくとも今年度最高の売り上げをマークすることは間違いない。そしてメイウェザーとデラホーヤが試合前から様々な形で世間に露出することが、このスポーツに好影響をもたらすことはすでに証明されている。
 昨年の第1戦でのキャッチフレーズは「メイウェザー対デラホーヤ戦はボクシングを救えるか?」だった。試合内容は盛り上がりに欠けたが、しかし盛大な前評判と誇大宣伝は業界を活性化するきっかけになった。この試合に続けとばかりに昨年後半は強豪同士の潰し合いが次々と実現し、ボクシング界は勢いを取り戻した。そう、結果的にボクシングは「救われた」のだ。
 08年は、「3戦をこなして引退」と公言しているデラホーヤの人気にもう一度だけすがるのも良いだろう。彼の華やかさはこの業界の盛り上がりに確実に貢献してくれる。そしてメイウェザー対コット戦は、コットの知名度がさらに増し、ボクシング人気もハイレベルで安定するであろう09年にまで、楽しみにとっておくべきなのかもしれない。

ヘビー級統一王者誕生なるか

 長く低迷を続けて来たヘビー級からもようやく復興の狼煙が上がり始めている。主要4団体の王者たちが、それぞれ統一戦に興味を示しているのだ。
(写真:サム・ピーター(右)もヘビー級統一王者の候補の1人)
 まず2月23日にはIBF王者ウラジミール・クリチコとWBO王者サルタン・イブラギモフが激突。3月8日にはWBCの正規王者オレグ・マスカエフと暫定王者サム・ピーターが統一戦を行なう。さらにWBA王者のルスラン・チャガエフも、昨年10月にイブラギモフ戦が決まりかけたことからわかるように、対抗王者との対戦を辞さない構えだ。
 階級全体の駒不足、スター不在は依然明白なため、この統一戦シリーズも当初はそれほど大きな注目を集めないかもしれない。だが王者同士が対戦を望んでいることが好ましい風潮ではあるのは間違いない。
 このまま行けば、09年半ば当たりまでには4団体統一のヘビー級最強王者が生まれている可能性もある。そしてその座が確立されれば、勝ち残るのが誰であろうと、新たな覇者として尊敬を勝ち得ることになるだろう。
 現時点での統一トーナメントの本命は、やはりここ2年間安定した戦いを見せているクリチコ。対抗は05年にそのクリチコに判定で敗れはしたが、3度のダウンを味わせたピーター。この2人を中心に、あとは人材枯渇が続く米国勢の奮起にもそろそろ期待したいところだ。
 ロシア出身王者たちが統一トーナメントで凌ぎを削り、それを追う米国の新鋭たちが少しずつでも台頭してくれば……ヘビー級は徐々にだが上昇の方向に向かっていくに違いない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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