『第4回東京カープ会』Vol.9 新球場建設は失敗する!?
投打の柱、黒田博樹と新井貴浩がそろってチームを去った今、どうなるカープ、どうするカープ――。07年12月8日、都内で『第4回東京カープ会』が開かれた。熱心なカープファン約230人と6人のパネリストが、愛するカープについてトークバトルを展開した。どのようにすれば、かつての“最強赤ヘル軍団”は蘇るのか。
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二宮: なぜ、私たちが外部からの増資や球団株保有の話をしているのか。それはカープの経営環境が大きく変わったからです。結論を先に言うと、巨人戦の放映権料収入の減少。これまでカープは黒字経営をしてきました。選手の年俸を抑えてきたこともありますが、何より放映権料収入が大きな柱でした。昔は1試合1億から1億5000万円と言われ、それを全試合セットで販売することができた。良くも悪くも巨人戦頼みの収益構造でした。
田辺: 一番いいときで10億円単位の収入があったことは間違いないでしょうね。
二宮: ところが市民球場の巨人戦は、いまや全国の地上波でほとんど放送しなくなりました。カープにとっては大きなダメージです。ですから昔と同じやり方では球団経営はできません。経営環境は変わったのに、経営体質はまったく変わっていない。ここが問題なんです。
田辺: 放映権料に代わる新しい収入源を早く考え出さないといけないんですが……。
下前: カープの歴史的経緯を考えると、祖父や父親の代は「たる募金」を出し合って、球団を支えました。それが昭和40年代に入って、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった東洋工業の松田恒次オーナー(当時)が株を買い集めて大株主になった。これはご本人もおっしゃっていたように、あくまで一時的なものでした。だから、二宮さんがおっしゃったように公共財として、地元に売却していいはずです。
もうひとつ、財界の話をしてきましたから、行政の話もしなくてはいけません。僕の考えですが、政治はパンとサーカスをいかに人々に与えるか、だと思っています。簡単に言えばパンとは経済、サーカスは娯楽。広島にとってのサーカスはカープなんです。これは間違いありません。広島人のDNAにはカープが刷り込まれていると言ってもいいでしょう。
ところが現市長さんにはカープに対する愛が全くありません。もし、愛のある人間がトップに立っているなら、オーナーに対して“大政奉還”を求めるでしょう。「市民にカープを返してください」と直談判してもいいくらいです。
二宮: 市長にカープ愛があるのかという話ですが、新球場も来春、本当に間に合うのかという話が出ているようですね。
田辺: 地元では昨年11月に着工して、来春の完成は決定しているような報道が流れています。ただ、現実にはやらなくてはいけない作業が山のようにあります。とりあえず来春の開幕に間に合わせるためには、最低限の工事だけをやることになるでしょう。
となると、屋根がないとか、エレベーターの本数が少ないとか、いろいろな不備が出てくる。それではマズいので、来年も市民球場で試合をする状況になるような気がします。本来、市民球場は新球場の建設とともに取り壊す予定でしたが、当面は残さざるを得ない。それなら永久保存を、という運動を僕ひとりで始めています(笑)。
新球場には器だけでなく、それを運営するためのノウハウも必要になるでしょう。ところが、そんな話は一切出てこない。ただ、建設ありき。はっきり言って、今のやり方では新球場は失敗に終わりますよ。
(Vol.10に続く。随時更新します)
金石昭人(かねいし・あきひと)
1960年12月26日、岐阜県出身。PL学園高では控え投手だったが、夏の甲子園優勝を経験。79年ドラフト外で広島に入団した。196.5センチの長身から投げ下ろすストレート、フォークを武器に85年に6勝をマークすると、86年に12勝をあげてリーグVに貢献した。日本ハムに移籍した92年には自己最多の14勝。93年以降は日本ハムのクローザーとして活躍した。98年に巨人に移籍し、同年限りで引退。通算成績は329試合、72勝61敗80セーブ、防御率3.38。現在は解説業も行いながら、都内で飲食店を経営している。川口和久(かわぐち・かずひさ)
1959年7月8日、鳥取県出身。鳥取城北高校から社会人野球チーム・デュプロを経て、80年広島にドラフト1位で入団。長年、左のエースとして活躍する。87、89、91年と3度の奪三振王のタイトルを獲得。94年にFA権を得て、読売ジャイアンツに移籍。96年にリーグ優勝を果たした際には胴上げ投手となった。98年シーズン終了後に現役を引退。通算成績は435試合、139勝135敗、防御率3.38。現在、解説者の傍らテレビやラジオにも出演するなど、幅広く活躍している。
田辺一球(たなべ・いっきゅう)1962年1月26日、広島県出身。スポーツジャーナリスト。カープ取材歴は約20年にのぼる。“赤ゴジラ”の名付け親。著書に『赤ゴジラの逆襲〜推定年俸700万円の首位打者・嶋重宣〜』(サンフィールド)がある。責任編集を務めた『カープ2007-2008永久保存版』も好評発売中。現在もプロ野球、Jリーグほか密着取材を行っている。スポーツコミュニケーションズ・ウエスト代表。
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上田哲之(うえだ てつゆき)
1955年、広島県出身。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
下前雄(しもまえ・たかし)1966年、広島県出身。株式会社ジーアンドエフ代表取締役。一橋大学経済学部卒業後、三井不動産入社。93年にジーアンドエフを設立。ソフトウェア開発を中心に事業を展開。NPO法人一橋総合研究所理事兼任。
>>NPO法人一橋総合研究所のホームページはこちら
※携帯サイト「二宮清純.com」ではHPに先行して、いち早く第4回東京カープ会の内容を配信しています。HPでは掲載できなかったトーク部分も追加。今回の携帯版限定トークは、広島市長のカープ愛。ぜひ、携帯サイトも合わせてお楽しみください。