第990回 パラにも造詣が深い人物を新会長に
日本人は人事の話になると、それまで会社に興味のなかった人までもがいっせいに耳をそばたて始める――。そんなことを書いていたのは「サラリーマン小説の第一人者」と呼ばれた作家の源氏鶏太だ。細くなった記憶の糸を手繰ったが残念ながらエッセイのタイトルまでは思い出せなかった。
「次の部長は誰?」。ヒソヒソ。「えっ、局長って左遷されたの?」。ヒソヒソ。「新しくやってくる課長って、まだ30代なの?」。ヒソヒソ。隠されれば隠されるほど知りたくなるのが人の常である。源氏が健筆を振るったのは主に戦後から高度成長期にかけてだが、人々の人事への興味は令和の時代になっても不変のようだ。
舌禍により、辞任を表明した森喜朗東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の後任を巡る報道がヒートアップしている。A紙がBならC紙はD、E紙はFといった具合だ。
私が目にしただけでも、橋本聖子、鈴木大地、丸川珠代、室伏広治、小谷実可子、安倍晋三、山下泰裕…。百花繚乱のオモムキだ。
見落としている点はないか。組織委が東京都から委託されている仕事は五輪に関するものだけではない。8月24日に開幕するパラリンピックに関するものも含まれている。
そうであるならば、候補者の中にひとりもパラリンピアンが見当たらないのは不自然だ。参考までに紹介すれば35人の理事の中には「水の女王」の異名をとるパラリンピック競泳の成田真由美もいる。手にしたメダルは計20個。50歳を過ぎた今、東京大会を最後にパラリンピックからは身を引く決意を固めている。
本来なら有力候補のひとりだが、さすがに現役と組織委トップの“二足のワラジ”を履くことはできない。そこで個人的に推薦したいのが、政治家として財務大臣、自民党総裁など要職を歴任した谷垣禎一だ。IOCのトーマス・バッハ会長、ジョン・コーツ副会長同様に弁護士資格を持っており、交渉の場で風下に立つこともあるまい。
趣味のサイクリング中に転倒し、頸髄損傷の重傷を負ったのは幹事長在職中の2016年夏のこと。以降は車椅子生活となり、同年9月に政界を引退した。
素晴らしいのは、そこからだ。バリアフリー化の活動に熱心に取り組み、パラスポーツにも深い理解を示している。まさに東京大会のコンセプトである「多様性と調和」を体現する人物ではないか。ぜひご検討頂きたい。
<この原稿は21年2月17日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>