通算ホームラン868本の王貞治は、キャンプで大切にしているルーティンがあった。ブルペンでの“目慣らし”である。

 

 

 V9時代、堀内恒夫や高橋一三といったエース級がブルペンで投球練習を始めると、自らもブルペンに入り、そっと左打席に立った。

 

 一応、バットを構えてはいるが、ただ黙ってボールを見送るだけ。どんな球筋か、ストライクかボールか、それを文字通り“目に焼きつけた”というのだ。

 

 王は語っていた。

「今はブルペンに足を運ぶ野手がほとんどいない。非常にもったいないと思いますよ。ブルペンは高価な機材を使わずに目を鍛えるのに絶好の場所なんですから」

 

 考えてみれば、王の言う通りである。どんなにパワーがあってもスイングが速くても、バットにボールが当たらなければ話にならない。

 

 それが証拠に「世界の王」も腕相撲は弱かった。東京五輪で金メダルを獲った女子バレーボールの選手にも負け、「王さん、手加減しないでくださいよ」と真顔で言われたという逸話も残っている。

 

 そのかわり、動体視力はズバ抜けていた。

「はっきり言って僕は審判よりもストライク、ボールの判定に関しては自信を持っていた。だから僕がボールと判断して見逃したのに、審判がストライクに取ろうものなら“審判が間違えてるな”と思っていましたよ」

 

 俗に言う“王ボール”(王が見逃すと際どい球はほとんどボールと判定された)は、審判が王の威厳に圧倒されたからではなかったのだ。

 

 さる1月22日(日本時間23日)に86歳で他界した通算755本塁打(MLB史上2位)のハンク・アーロンも驚異的な動体視力の持ち主だった。

 

 自著『ハンク・アーロン自伝』(佐山和夫訳・講談社)で、<ときには、投球前のボールの握りまで見えて、どんな球種を投げようとしているのかまでわかった>と述べている。筋肉同様、目も鍛錬が必要である。

 

 

<この原稿は2021年2月22日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 


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