2021年のJリーグ開幕戦全10カードにおいて、サプライズを一つ挙げるとすれば清水エスパルスの逆転勝ちである。昨シーズンは16位と低迷したチームで、開幕戦の相手は優勝候補に挙がる鹿島アントラーズ、それもアウェーマッチ。スコアレスで進みながら後半30分に先制を許してしまう。この展開から清水の“うっちゃり”を想像するのは難しい。だが新生エスパルスはここから一気に3点を奪ったのだ。リーグ戦の鹿島戦では6年ぶりとなる勝利という最高のスタートを切ることができた。

 

 サプライズを起こせるだけの雰囲気はあった。

 オフシーズンをにぎわせてきた。セレッソ大阪を率いて今季のACL出場権をもぎ取ったスペインの智将ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督を招聘して、日本代表GK権田修一を筆頭にこの日同点弾をマークしたチアゴ・サンタナ、鈴木義宜、片山瑛一、原輝綺、中山克広、ディサロ燦シルヴァーノら大型補強を敢行した。これだけメンバーが入れ替わるとチームづくりに時間が掛かってもおかしくないが、そこはロティーナ。コンディションも戦術浸透度もまずまず。規律のある粘り強い守備が終盤の爆発をもたらしたことを考えても、ロティーナの色が出ていた。

 

 しかしあの場面で点を取られていたらどうだったか。

 前半30分、鹿島の攻撃。右サイドのファン・アラーノからクロスが送られ、長身のエヴェラウドがヘディングシュート。これを権田が横っ飛びで弾き、こぼれ球に対して土居聖真が向かってくる。権田はすぐに起き上がって立ちふさがってシュートコースを限定したことで土居のシュートは左ポストに。落ち着いた対応で危機を乗り越えている。

 彼を見ていると、最初から最後までテンションはそんなに大きく変わらない。味方にすれば安心感、敵からすれば威圧感がある。権田の冷静かつ的確な対応によって守備の結束を強めさせ、鹿島の攻撃を1点で食い止めることができた。この勝利の「裏MVP」に推したい。

 

 3月3日で32歳になった。

 GKではまだまだベテランと呼べる年齢ではないものの、経験を積んできた。FC東京、SVホルン、サガン鳥栖と渡って2019年からはポルトガル1部のポルティモネンセでプレー。移籍当初は出場機会になかなか恵まれなかった。

 試合に出られなくとも、成長している。それをはっきりと示したゲームがあった。

2019年9月5日、親善試合パラグアイ戦(カシマスタジアム)。出場予定だったシュミット・ダニエルがケガのために、急きょ出番が回ってきた。

好セーブを続けて無失点に抑え、チームの勝利に大きく貢献した。

代表では7カ月ぶりにゴールマウスを守ることになったが、気負いというものはまったく感じなかった。とはいえ静かな闘志というものも伝わってくる。

試合後、彼はこのように述べた。

「しっかりやんなきゃと思ったのが半分。とはいえ、練習でやっていることしか試合には出せない。やらなきゃいけない。だけど、やれることは(練習でやっていることに)限られている。急に試合に出ると言っても、GKはそういうもの。ポルティモネンセでもそうですけど『行くよ』と言われたらこっちも『行けるよ』ってやらなきゃいけないのがGKなので」

 

 GKとはそういうもの--。

 表現するなら明鏡止水。

 この境地が、力みのない対応の源にあった。

 ポルティモネンセでは約2年プレーしてリーグ戦は15試合出場と、多くはない。だが海外の環境で揉まれ、いつでも行けるように準備してきたから今の彼がある。

 

 エスパルスでは3人制キャプテンの一人を務める。ロティーナ監督からの信頼もうかがえる。

 残留争いどころか、台風の目になる可能性も秘める。

 権田修一が加わったのは極めて大きい。


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