クロスをピンポイントで合わせる。

 ターゲットに大きな動きを求めるとなると、そのハードルは高くなる。体を投げ出すくらいでなければ届かない位置にボールを出し、ターゲットはそれを感じて動き出さなければならない。両者の呼吸が合うと同時に、クロスの質、動きの質が重なってはじめてゴールに到達する。

 

 見事な“共演”だった。

 3月10日のアビスパ福岡と横浜F・マリノスの一戦。

 F・マリノスが2-1リードで迎えた後半45分、スローインから右サイドの水沼宏太にボールが渡ると、GKの前に低くてスピードのあるクロスを送った。しっかりと感じていたのがスピードスターの前田大然。一瞬のスピードで相手の前に出ると、迫力満点のダイビングヘッドでゴールに押し込んだ。

 

 クロスも絶品なら、ダイビングヘッドも絶品。

 前田は前節のサンフレッチェ広島戦でも渡辺皓太のクロスにもダイビングヘッドで合わせてゴールを奪っている。“ダイビングヘッドと言えば大然”と定着していきそうな気配である。

 偶然の産物では、きっとない。日頃のトレーニングですり合わせてきたからこその、あうんの呼吸だと感じる。

 ダイビング上等のストライカーと名クロッサー。このゴールを見て、清水エスパルス時代の岡崎慎司(スペイン1部ウエスカ)と佐藤由紀彦(FC東京トップチームコーチ)の関係性を思い出した。

 2人が出会ったのは2005年。F・マリノスで2連覇を果たしながらも出場機会を求めて古巣に戻った佐藤と、兵庫・滝川二高から加入したルーキーの岡崎は紅白戦の「Bチーム」、サテライトの試合で一緒になることが多かったという。

 佐藤が現役の終盤に差し掛かっていたころに、こう聞いたことがある。

「オカが得意とするのは、キーパーとディフェンダーの間に入ってくるボールですよね。本人もそこだけは譲れないものだと思っていて、1年目からそこを要求してくるんです。分かったよ、決めてみろと思って、そこにボールを出してオカが飛び込まなかったら怒りましたよ。『オイ、話がちげえじゃねえか』ってね」

 

 佐藤は懐かしそうに振り返ってくれたが、岡崎からすればプロの厳しさを伝えたくれた先輩なのかもしれない。絶妙のクロスを送っても岡崎が決められなかったら、激しく詰め寄って怒ったそうだ。

「いいか、あの1本を決められないことで、今週、俺らはメンバーに入れないんだぞ。1本で人生が変わるんだ!」

 

 佐藤はなかなかトップチームの試合に絡めず、岡崎もフォワードのなかで序列は一番下だったという。

 1本で人生が変わる。

 いいクロスを送ってもターゲットが決められなかったら、評価は上がらない。ターゲットがいい動きをしても、ボールが来なかったらシュートを打てない。

 何本も何本も練習で合わせていく。

 岡崎がダイビングヘッドを武器として、日本を代表するストライカーとなったのも“1本の大切さ”にこだわってきたからにほかならない。

 

 前田は昨年夏にポルトガル1部マリティモからF・マリノスに移籍。2020年シーズンはリーグ戦23試合の出場で3ゴールにとどまっていた。水沼は10アシストをマークしたが、先発が多かったわけではない。お互いの向上心が、あのゴールを生み出したとも言える。

 前田と水沼。

 絶品クロスとド迫力ダイビングヘッドのハーモニーは、Jリーグの新たな名物になるような気がしている。


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