メジャーリーグ歴代2位の通算本塁打(755本)を記録したハンク・アーロンが1月23日(現地時間22日)、86歳で世を去った。

 

 

 ホームランばかりが注目されるアーロンだが、通算2297打点、通算6856塁打は、ともに歴代1位である。

 

 7万ドル(当時のレートで約2100万円)をかけてのホームラン競争をきっかけにして親交を深めていった王貞治は「すごくジェントルマンで、メジャーリーガーの鑑だった」と故人を偲んでいた。

 

 黒人リーグを経て20歳でメジャーリーガーになったアーロンの野球人生は、人種差別主義者との闘いでもあった。

 

 とりわけ、ベーブ・ルースが持つ714本のメジャーリーグ通算本塁打記録に迫った時の誹謗中傷は凄まじいものがあった。

 

 アーロンの元には「ニガーへ」という書き出しの手紙が連日のように届いた。

<誰もがベーブ・ルースを愛している。だから、もしお前が彼のホームラン記録を破ったりしたら、たちまちみんなの憎まれ者になるだろう>

 

<どうかベーブ・ルースの記録を破らないでください。それを破ったのが黒人だなんて、どうやって子供たちに伝えたらよいのでしょうか?>

 

<よく聞け、ブラック・ボーイ。黒人のベーブ・ルースなんて、いらない>(自著『ハンク・アーロン自伝』佐山和夫訳・講談社)

 

 メジャーリーグは米国のナショナル・パスタイム(国民的娯楽)である。たとえばヤンキースのロゴになったシルクハットとステッキはニューヨーカーたちの誇りのシンボルだ。そして、その中心にいたのがルースだった。

 

 ところが、である。先の自伝によると、ルースもまたニガー呼ばわりされていたというのだから、びっくり仰天だ。

 

<相手チームの選手などによって指摘されると怒り狂った。その怒りは大変なもので、センターの見物席に向かって手を挙げ、そこに打球を飛ばしたほどだった>

 

 これは初めて耳にする話だが、実はルースにも黒人の血が何分の1か混じっているというウワサがあり、心ないファンが時折、「ニガー!」とヤジを飛ばすことがあったというのだ。

 

 その意味では、ルースもまた“差別”と闘っていたのである。

 

 残念ながら米国における人種差別は解消されるどころか、ここにきてますます深刻の度を深めている。

 

 晩年、アーロンはどんな思いで、今の米国を見つめていたのだろう。

 

<この原稿は『週刊ゴラク』2021年1月29日号に掲載されたものです>

 


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