先日の競泳日本選手権、池江璃花子選手の泳ぎは圧巻だった。わずか数カ月前と比べ、想像できないくらいに進化し、スムーズに水面を滑っていた。「この数カ月で何があったの?」と聞きたくなるくらいの変化。その裏には彼女本人の努力はもちろんだが、支えるチームの並々ならぬ努力と工夫は想像を絶するものがあったのだろう。彼女の類いまれなる才能と、幼いころからの練習で培ってきた水を捉えるセンスがあったのも間違いないが、これだけの短期間で、それもフィットネスレベルの回復途中にある中での勝利は感動を超えて驚きでもあった。

 

 その彼女のレース直後のインタビューに出てきた「つらくてもしんどくても努力は必ず報われるんだなと思いました」という言葉。“本当に努力をしてきた人だからこそ言える言葉だなぁ”と思っていたが、これが一部では波紋を呼んだ。「2位以下の人に失礼だ」「報われない人の方が多い」……。そんな捉え方があるのかと新鮮ではあったが、ちょっと悲しくもあった。

 

 確かに、大会で勝てる人はほんの一部。むしろ勝てない人の方が多いのがスポーツ。努力しても報われていない人がいるという見解は理解できる。その見解をもとに敗者への配慮が足りないのではないかという指摘につながっていくのだろう。

 

 でも、ここで考えるべきは「報われる」と「努力」という言葉の意味だ。

 

 そもそも「報われる」とは勝つことだけなのか。努力して得るべきは勝利のみなのか?

 だとするならば、スポーツの世界では報われる選手などほんの一握り。僕も国内外で500レース以上走ったが、勝ったレースなど数えるほどだから報われていないということになる。確かに華々しく月桂冠をかけてもらい、花束を受け取ってインタビューを受ける瞬間は嬉しいものだ。

 

 しかし、そうでなくとも僕はスポーツに人生を捧げていたことで、得るものが沢山あった。世界中で体験したこと、出会った友人、それらの経験から形成された考え方などなど。苦しい、つらいという瞬間も多かったが、結果としてそれが今の自分をつくってくれたし、こんな大きな報酬を得られたことに感謝している。だからこそ、スポーツに恩返ししたいと活動しているのだ。つまり、僕は勝てなくとも報酬は十二分に受け取っていると思っている。

 

 スポーツは勝っても負けても学ぶこと(≒報酬)がある。だからこそ素晴らしいと実感しているし、これがあるから子供たちにも頑張って欲しいと願い指導する。

 

 全ては自分次第

 

 また、「努力」の内容は人によって違う。それぞれ目標が異なるし、たとえ同じであっても目標達成への思い込み度は個人差がある。「世界一になりたい」と言う選手はどの種目でもたくさんいる。でも、本当に目標へと近づける選手は、その思い込み度、つまり目標に向かう姿勢が他とは違うと感じている。朝起きてから寝る瞬間まで全てそのために動き、呼吸さえも意識して行う。いや、寝ている時もそのための努力をする。そのくらいの覚悟がなければ、「世界一になる」といった高い目標に近づくことはできないと感じる。

 

 中には豊かな才能を持ちそこまでの努力をしなくとも勝てる選手もいる。しかし、僕が見てきたのは、そんな才能がある選手が、全身全霊で努力をした結果、そのレベルにたどり着けるという事例が多いように思う。冷たいようだが、「あなたの努力は、どのレベルの努力ですか」ということだ。自分の考える努力は、他者からすると全く足りてないかもしれないし、超越しているものかもしれない。最終的に他者が判断するものではなく、自身の納得の問題であると思う。

 

 客観的にコメントすることはできても、最後は自身がどこまで頑張るのか。それは自身にとってどういうものなのか。これはそれぞれにしか結論が出せないし、本人であっても、タイミングによって答えは違ってきたりする。全力でやってきたつもりでも、時間が経つと、“あんなことができたのでは?”なんて思ってくるから始末が悪い。

 

 つまり「努力」などは、人間の影のようなもので、踏んだと思っても逃げていく。つかみようのないもので、どこで納得するかではないかとも考える。だから他人の「努力」に対して評価することなどできないし、それぞれが自分の思う「努力」をすればいいのではないか。

 

 時を同じく、日本を沸かせてくれたプロゴルファーの松山英樹選手も練習量が多く努力家として有名だ。インタビューで努力について聞かれた際、彼の答えが印象的だった。

「努力と言われればそうだけど、僕は好きなゴルフが上手くなりたいと追求していただけ」

 他のゴルファーも感心するほどの努力をしている松山選手だが、この言葉にも嘘はないと思う。彼は純粋にゴルフが好きで、上手くプレイするための労力は単に努力とは別次元にある。ゴルフが上手くなるという目標達成のために日々の鍛錬があり、たまたまその結果の一端がオーガスタの勝利につながったということなのだろう。

 

 さて、あなたは池江選手の言葉をどのように受け取るだろうか。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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