「バントの神様」と呼ばれ、現在も犠打の世界記録を保持する川相昌弘さん。現役時代は堅実かつ華麗な守備でも多くのファンを魅了した。当HP編集長・二宮清純との対談では、その野球論・技術論が惜しみなく披露される。

 

二宮清純: 川相さんは今春、阪神の宜野座キャンプ(沖縄県)で臨時コーチを務めました。巨人出身の川相さんが、「伝統の一戦」のライバルである阪神で指導すると聞き、正直驚きました。

川相昌弘: 私は今、読売新聞社スポーツアドバイザーとしても活動していますが、仕事は比較的に自由にやらせてもらっています。臨時コーチの件は、もちろん会社に相談・承諾を得ました。

 

二宮: 昔では考えられないことですよね(笑)。その阪神ですが、昨シーズンはセ・パを通じて最多のエラー(85個)を記録しました。やはり、招聘の目的は守備の強化でしょうか。

川相: そうですね。加えて、バントの指導もしました。

 

二宮: それにしても、なぜ阪神はあんなにエラーが多かったのでしょうか。二遊間を固定できなかったことがいちばんの要因だといわれますが……。

川相: 一理あると思います。そのうえで、過去数年のデータを調べたのですが、ファーストを守る外国人選手のエラーが特に多くなっていました。阪神が使う甲子園球場や京セラドームは球場が広いためホームランが出にくく、結果として得点能力が下がる傾向にあります。それを補うため攻撃重視の布陣になり、オーダーを固定できなかったこともあり、守備が安定しなかったのではないでしょうか。

 

二宮: 阪神の選手たちには、どんな指導をされたのでしょうか。

川相: 特別な練習はしていません。例えば、手で緩やかなボールを転がして、それを捕らせる練習ですね。ノックしたボールは勝手に転がってきてくれるので、選手はそれほど動かなくても捕れます。一方、手で転がした緩いボールは、足を使って前に捕りに行かなければなりません。そのときに大切なことは、動きながらいい体勢をつくること。その形づくりを常に意識できるような練習をしました。

 

二宮: どこまでいっても、基本が大事なわけですね。

川相: そのとおりです。私もそうですが、プロ野球選手の日々の練習は、その大半が基本の繰り返しです。今回も、そうした原点に立ち返っての練習でした。

 

二宮: 阪神といえば、ドラフト1位の佐藤輝明選手が注目を浴びています。オープン戦でも6本のホームランを放ち、連日スポーツ紙をにぎわせました。開幕後はライトでの起用されていますが、サードも守れるという話です。スター性を考えればぜひ守らせてもいいと思うのですが、川相さんはどうお考えですか。

川相: ボールに触る機会は内野のほうが多いので、育成という面で見ればサードはありだと思います。ただ、今のチームの構成上、外野に回ってもらわなければならない状況なのでしょう。

 

二宮 川相さんの著書『ベースボールインテリジェンス』(カンゼン刊)に、「レフトを守る選手がライトに替わると、見える景色がまったく違ってやりにくい。逆にサードの方が守りやすい」と書かれていて、なるほどなぁと思いました。

川相: レフトとライトでは、ライン際のボールの切れ方もまったく違います。よほど守備がうまいか感覚が優れている選手でなければ、両翼はできないでしょう。その点、レフトからサードは、見える景色もほとんど変わらず、距離が近くなるくらいなので、打球の性質が違う点に気をつければ、できないことはないと思います。

 

二宮: 2008年の北京五輪では、普段ライトを守っているG.G.佐藤選手がレフトで起用され、2試合連続でエラーを記録しました。後で本人に聞いたら、星野仙一監督に「私はライトですから、レフトは無理です」と言ったそうなのですが、「同じ外野だ」って言われてレフトを守ったと。今の川相さんの話を聞いて、失策の理由に納得がいきました。

川相: つらいですよね。こればかりは、やった人にしかわからないと思います。

 

二宮: 守備の話でもう一つ聞きたいのですが、中日に鳴り物入りで入団した根尾昂選手が、本来のショートではなくレフトで起用されています。新外国人の来日が遅れたことたが背景にあるようですが……。

川相: チーム事情というか、1軍でしっかり使っていきたいという意図があり、結果として外野に回っているのではないでしょうか。

 

二宮: まだ1軍のショートはほとんど守っていないわけですから、「2軍でショートの基礎をたたきこんでからでも遅くはない」という声も聞かれます。

川相: 確かに、まだ高卒の3年目ですからね。本来の力を出せるようになるには、もう少し時間が必要かもしれません。

 

二宮: 川相さんは現役時代、篠塚和典さんと二遊間を組み、鉄壁の守備を誇りました。中日のアライバコンビ(井端弘和さん、荒木雅博さん)もそうですが、二遊間が固定されているチームは強い。川相さんの目から見て、今の二遊間でいいなと思うコンビはありますか。

川相: 巨人の吉川尚輝選手がセカンドに定着すれば、ショートの坂本勇人選手といい二遊間になると思います。センターの丸佳浩選手も含めれば、安定感のあるセンターラインになるんですけどね。

 

二宮: 吉川選手は、試合出場数が中途半端でずっと半レギュラーのような状態です。けがの影響もあると思うのですが、なぜ定着しないのでしょうか。

川相: 最初のころは体力的な部分も含めて強さに欠けるところがありましたが、昨年あたりからは十分にレギュラーになれると感じています。何より、セカンドを固定したほうが、坂本選手の負担が減ると思うんです。ただ、こればからいは原辰徳監督の方針もあるので、何とも言えないですね。

 

(詳しいインタビューは5月1日発売の『第三文明』2021年6月号をぜひご覧ください)

 

川相昌弘(かわい・まさひろ)プロフィール>

1964年9月27日、岡山県岡山市出身。野球好きだった父の影響で幼少期から野球に親しみ、岡山南高校時代はピッチャーとして2回(81年夏、82年春)甲子園に出場した。82年のドラフト会議で巨人から4位指名を受けて入団。野手に転向し、89年から「2番・遊撃手」としてレギュラーに定着した。巨人時代は、守備の名手としてベストナイン1回、ゴールデングラブ賞を6回獲得。また、当時の年間犠打記録を更新するなど、通算の犠打成功率は9割を超え、2003年には通算犠打でギネス世界記録に認定された。03年オフに中日に移籍し、06年に現役を引退。通算犠打は533にのぼる(世界記録)。引退後は、中日の2軍監督や巨人のヘッドコーチを歴任。現在はラジオやテレビの野球解説で活躍する傍ら、読売新聞のスポーツアドバイザーとしても活動している。著書に『スモールベースボールを紐解く』(ベースボール・マガジン社)、『ベースボールインテリジェンス』(カンゼン)などがある。


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