番組企画を本気にしたことで実現した五輪出場 ~猫ひろしインタビュー~
小柄な体を目いっぱい使ってギャグを連発する猫ひろし。リオデジャネイロ五輪のマラソンにカンボジア代表として出場したことは、大きな話題になった。来る東京五輪を目指す“アスリート”としての顔に、当HP編集長・二宮清純が迫る。
二宮清純: コロナ禍でさまざまなスポーツに影響が出ていますが、猫さんの練習はどうですか。
猫ひろし: 練習は続けられていますが、大会がなかなか開かれないので苦心しています。
二宮: 東京五輪男子マラソンのカンボジア代表はまだ決まっていませんが、いつごろ決まるのでしょう?
猫: 5月ころには決まると思いますが、私が選ばれるかどうかは正直微妙です。それというのも、事実上の選考レースだった2019年12月の東南アジア競技大会で、いい成績が残せませんでした。
二宮: でも、カンボジアの選手の中では、猫さんがいちばんいいタイムを持っているんですよね。
猫: はい。ただ、カンボジアには五輪参加標準記録(男子マラソンは2時間11分30秒)に達している選手がいません。それなので、陸上競技全体でカンボジアに与えられている出場枠(男女各一人)の中から出場を目指すしかないんです。そのためにも、東南アジア競技大会でアピールしたかったのですが……。
二宮: なるほど。そうすると、5月に結果が出るまで気が休まらないですね。
猫: まぁ、なるようにしかならないので、今はとにかく練習に励んでいます。すごく調子がよくて、自己ベストのタイムも出ているんです。
二宮: 猫さんは今、何歳でしたか。
猫: もう43(歳)です。
二宮: その年齢で自己ベストを更新するとは驚きです。何か特別な練習でも?
猫: 自分なりのルーティンができたことが大きいと思います。コロナ禍でよくも悪くも時間ができたので、空いた時間はずっと走っていたのですが、例えば月曜日は負荷の強い加圧トレーニングと20キロのジョギング、火曜日は朝と夜それぞれ15キロのジョギングをし、水曜日は負荷の強いスピードトレーニングをして、木曜日に再び加圧トレーニング、金曜日にジョギングして、土日のいずれかで長距離走をするというリズムです。
二宮: もっと早くからそのルーティンが見つかっていれば、タイムはさらに伸びていたかもしれませんね。
猫: そこがマラソンのおもしろいところで、長い間試行錯誤を重ねて、ようやくたどり着いたんです。自分の適正体重や体脂肪率もわかってきたので、食事のとり方も変わりました。よく、一流のアスリートはルーティンを大切にすると言いますが、ほんの少しだけそれがわかった気がします。
二宮: 43歳で自己ベストを更新しているとなると、なかなか引退できないですね。
猫: そうですね。記録が出ると、達成感があって本当に楽しいんです。アドレナリンがたくさん出ているのか、もっともっと上を目指したいって思うんです。
二宮: 確か、リオ五輪では下から2番目(139位)でしたよね。もし、東京五輪に出場できた場合、何位くらいを目指そうとお考えですか。
猫: 少しでも上の順位を目指したいですね。最低でも下から三番目には入りたい(笑)。それは冗談ですが、もし選ばれれば、カンボジアの代表として恥ずかしくない練習を積み、スタートラインに立ちたいと思います。
二宮: 東京五輪のマラソンは札幌市で開催されます。コロナ禍の現状を考えると、沿道での応援も規制が掛かるかもしれません。沿道からの声援は、力になるものでしょう?
猫: もちろん力になります。それに沿道にたくさん人がいて、にぎやかなほうが走っていても楽しいんです。リオ五輪のときは、サンバの国らしく沿道も大盛り上がりで、私がネタでよく使う「ラッセラー♪」のノリと合致して、とても楽しい雰囲気でした。
二宮: 五輪の舞台を一度経験すると、また出たくなるものですか。
猫: 特別な場所です。今までに経験したことがないくらい楽しい、夢のような場所でした。だから、もう一度その夢の舞台で走りたいんです。
二宮: ところで今、奥さまはカンボジアにいらっしゃるんですか。
猫: いえ、日本にいます。カンボジア国籍に変えたのは私だけで、家族は日本人国籍のまま日本で暮らしています。
二宮: 今はコロナ禍でカンボジアに帰らず、日本で練習しているという状況でしょうか。
猫: そうですね。帰ろうと思えば帰れますが、結局、カンボジアでも隔離期間がありますし、そのぶん練習時間がもったいないので、今は日本で練習しています。幸い、一昨年に日本の永住権を取得できたので、今はずっと日本に滞在できるんです。
二宮: もともと日本人の猫さんが、カンボジア国籍になり、日本の永住権を取得する……何ともややこしい話ですね。
猫: 娘はちょうど私がカンボジア国籍に変えようと考えていたときに生まれました。もし、カンボジア国籍取得後に生まれたら、娘は日本とカンボジアのハーフだったわけです(笑)。
二宮: それもまたややこしい話ですね(笑)。ところでリオ五輪に出場したことで、カンボジアでの知名度も上がったのでは?
猫: リオ五輪直後は、ニュースでもよく取り上げてもらいました。おかげで、よく行くサウナの店員さんが水のペットボトルをくれたり、クリーニング店のおじさんが一回無料にしてくれたりしました。
二宮: それでも「一回」なんですね(笑)。猫さんが日本のお笑いタレントだということを、周りの人たちは知っているのですか。
猫: 仲のいい選手はみんな知っています。今は、日本のテレビ番組がインターネット上で見られるので、それを見て笑っていましたね。
(詳しいインタビューは4月1日発売の『第三文明』2021年5月号をぜひご覧ください)
<猫ひろし(ねこ・ひろし)プロフィール>
1977年8月8日、千葉県市原市出身。本名は瀧崎邦明。大学時代にお笑い芸人を志し、目白大学4年時にハチミツ二郎(東京ダイナマイト)主宰のお笑い集団に入る。2001年3月に芸能界デビュー。03年4月、WAHAHA本舗に所属。07年のテレビ番組出演をきっかけにマラソンを始め、初のフルマラソン(08年東京マラソン)は3時間48分57秒で完走した。11年10月、五輪出場を目指して国籍をカンボジアに変更。16年のリオデジャネイロ五輪にカンボジア代表として出場し、2時間45分55秒で139位に入った。現在は日本での芸能活動の傍ら、東京五輪の出場を目指してトレーニングに励んでいる。自己ベストは2時間27分48秒(15年東京マラソン)。身長147センチ。