僕の古巣、鹿島アントラーズに大きな動きがありました。成績不振のためアントニオ・ザーゴにかわり、コーチだった相馬直樹が監督に昇格しました。直樹はアントラーズの全盛期を知るレジェンドメンバーのひとりです。ザーゴ体制と直樹体制のサッカーの違いを語れればと思います。

 

 ザーゴと直樹、まずわかりやすく先発メンバーがかわりました。直樹が監督になってからは、右サイドハーフに白崎凌兵、右サイドバックに大卒1年目の常本佳吾がスタメンに入っています。そして、トップ下には今季からアントラーズのエースナンバー「13」を背負う荒木遼太郎。その一方で逆にMFファン・アラーノやFWエヴェラウドが試合からは遠ざかっています。

 

 さて、サッカーの質についても触れましょう。前任者はパスサッカーを全面に打ち出していました。対して直樹はコンパクトなサッカーを展開しようとしていますね。ザーゴはダブルボランチのひとりがDFラインに入り、後ろからショートパスを繋ぐサッカーでした。直樹が指揮を執るようになってからは、ボランチ(三竿健斗やレオ・シルバら)がDFラインに入る回数が減ったように見えます。この利点はボールを奪われた時に効力を発揮します。以前は中盤がスカスカで相手のカウンターの餌食になりがちだったのですが、フィジカルの強いボランチがしっかり真ん中にいてくれることで守備が安定しました。ボランチの位置で相手の攻撃の芽を潰し、こちらの攻撃に繋げる場面が増えましたね。

 

 後ろからのビルドアップの違いについてもう1点、顕著にかわったことがあります。GK沖悠哉の足元のプレーです。直樹が監督になってから、少しでも「危ない」と感じたらシンプルに前線にロングボールを蹴っています。リスクを回避し、布陣を立て直すことを優先していますね。

 

 直樹はサイドエリアの“旨み”を熟知している

 

 GKからの長いボールだけではなく、ボランチからのミドルパスも増えています。三竿がよく相手のサイドバックの裏、タッチラインとペナルティーエリアラインの間に浮き球のパスを供給する場面が多い。ここでマイボールにできれば、敵陣の深い位置からクロスを入れられる。この位置からのクロスはDFにとっては非常に厄介なんです。深い位置からのクロスはボールと自分のマーカーを同一視野に入れることがほぼ不可能なんです。ボールに反応するために、一瞬、自分のマーカー(相手FW)から目を切ることになる。そうなると、マークのズレが生じやすくなるんです。

 

 これはサッカーの原理原則。ジーコが口を酸っぱくしてここのエリアの重要性を説いていました。直樹はジーコの教えに影響を受けているなぁ、と感慨深くなりました(笑)。左サイドバックの直樹こそ、“サイドエリアの旨み”をよく理解しているはずなんです。直樹は現役時代、全体練習終了後にコーチにタッチラインとゴールラインぎりぎりのところボールを蹴ってもらい、全速力で走りながらから鋭いクロスをあげる個人練習をしていました。努力の成果が実を結び、日本を代表するサイドバックに成長したんだと思います。直樹はジーコという宣教師が伝授したサッカーの神髄を今のアントラーズで表現しようとしています。

 

 ボランチからのミドルパスにサイドバックが反応することもあれば、トップ下、厳密に言えば1.5列目に起用されている荒木あたりがうまく走り込んでいます。高卒2年目ながらチャンスをつかんでいる荒木は楽しみな存在です。アントラーズのエースナンバーを背負っているので、クラブを牽引する選手になって欲しいですね。

 

●大野俊三(おおの・しゅんぞう)

<PROFILE> 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザの総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


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